2012年5月5日 HIMEX隊のサーダー、プルバ・タシからひとこと。

ソーリー、ナオキサン、がんばったけど、無理だった

5月4日、世界最強のシェルパ、プルバがC2からBCに帰ってきた。ローツェフェイスの落石のため、C3から上のルート工作ができないまま、引き揚げてきたのだ。プルバはBCを出るとき「頂上までのルート工作が終わるまでBCには帰ってこない」と言って、出て行ったのだ。そのプルバが、何もできずに帰ってきた。今までそんなことは一度もなかった。彼がC2のテントからローツェフェイスを見上げている姿が目に浮かぶ。彼の「ソーリー」という言葉を聞いて、グローブのような分厚い手と握手をしたとき、涙が出そうになった。ありがとうよ、プルバ。

2012年4月16日 中国の女性クライマー、ジンジャーからひとこと。

ねえ、このあとマカルーに行かない?

すごいナンパである。ジンジャーはTOREAD社の女社長で、これまでHIMEX隊に参加してエベレストやローツェに登った強者である。そのジンジャーが、今年はHIMEX隊で標高7900mのヌプツェに登る。その後、今度はマカルーに登りにいくというのだ。ぼくがローツェのメンバーだと知ると、笑顔で誘われた。ヌプツェからのマカルー、すごいなあ。ちょっと行きたいけど……。

2012年4月11日 シェルパのニマ君からメールでひとこと。

This is ngima,how r u n ur famely?

「This is Ngima. How are you and your family?」と書きたかったのだろう。
シェルパ族のルーツはチベットにあるが、チベット人と違って、シェルパ族は書き文字をもたない。だからエベレスト街道沿いの村の綴りをアルファベットで示そうとすると、人によって違うのだ。ニマ君からのメールも、文章を完全に音でとらえているのがわかる。

2012年4月3日 ペマ・シェルパの奥さんのひとこと。

夫が何回エベレストに登ったのかなんて知らないわ。なんか今年も行くみたいよ

クムジュン村のペマ・シェルパの家でお茶をいただいた。彼はいまカトマンズにいて、登山者を迎えにいっているという。夫が留守のあいだ、クムジュンの茶屋を切り盛りする奥さんは、肝っ玉母さん風で、たのもしい。三歳の娘は「こんにちは」という日本語を覚えている。

2012年4月1日 隊のリーダー、ラッセルからひとこと。

マナスルに登るよりも、ロブチェピークのほうが難しいんじゃないか?

マナスルはご存じのように8000メートル峰の一つで、ロブチェピークは高所順応のために登る6000メートルの低い山である。なのになぜ、と思うだろう。ラッセルが言うには、マナスルは十分に順応期間をとるけれど、ロブチェピークはそんなに身体が慣れていない段階で登るのできつく感じるのではないか、というのだ。それだけ高所順応というものが、高所では大切なのである。
まるごとヒマラヤ
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