カトマンズ到着。 

1月18日

 羽田からバンコクへ行き、空港内にあるタイ航空のラウンジで数時間の休養をとった後、乗り継ぎ便に乗った。タイ航空(TG319便)で予定通り、12時45分に真冬のカトマンズの空港に到着。タイ航空でカトマンズへ行くなら、成田からよりも羽田からの方が乗り継ぎがよくて、断然便利だ。

 カトマンズの空港の出口は一つしかなく、出口ゲートの周辺には、群衆が到着客を一心に見つめている。16年前、高校二年のときに敢行したはじめての一人旅で、インドのカルカッタの空港に降り立ったときと同じだ。あのときは人の群れに圧倒されたが、今はこうした光景にも慣れてしまっている。

 今回はテレビ取材も兼ねているので、現地の旅行会社の方が迎えにきてくれていた。車に乗り込んで、安宿が密集するタメル地区へと向かった。窓から 飛び込んでくる排気ガスと砂埃を鼻から目一杯吸い込んで、カトマンズに到着したことを実感する。

 定宿にしているホーリーヒマラヤホテルにチェックインし、まずはトレッキングパーミットをとるために観光局へ向かった。エベレスト街道を歩くためには、TIMSというパーミットが必要なのだ。観光局で、1470ルピーを支払い、パーミットを取得。

 今回の旅の目的は、エベレスト街道を歩き、できれば5200メートルのベースキャンプあたりまで行って、身体を高所に慣らすことである。テレビ取材は、街道の出発地点にあるルクラという村までしかこない。そこから先は自分たちで行く。
 パーミットを取得した後、ルクラから荷物運びを手伝ってもらうポーターを雇うべく、知り合いのネパール人・サンタさんがやっている旅行会社へ向かった。
 日本のお菓子を手土産に持参。タメル地区を少しはずれた閑静な住宅街にあるその会社を訪ねると、アポなしだったが、日本語の話せるサンタさんはちょうど事務所内にいて、お会いすることができた。

 以前も雇ったことのあるマンバートルさんというポーターを探してもらうことになった。マンバートルさんはルクラから歩いて二、三日かかる村に住んでいて電話も通じないため、すぐに探し出せるわけではない。サンタさんはルクラの知り合いに電話をし、いろいろ交渉してくれた。明日には結果がわかるというので、また明日にでも再訪することにしよう。礼を言って、サンタさんと別れた。

 TIMSパーミットに貼り付ける証明写真を撮るために、タメルの写真屋へ向かった。昔は現像して手焼きプリントして翌日仕上げだったが、カトマンズの証明写真もデジカメになっており、スピーディー。部屋の奥の椅子に座るように言われ、デジタル一眼レフカメラをもったカメラマンが即座に撮影。一発撮り。女性従業員が、フォトショップで背景を白に変更し、プリントアウトしてできあがり。プリクラ状態で出力された写真を、従業員がハサミで切ってくれた。全行程およそ10分。料金は250ルピー。10年前とは雲泥の差である。

 初日の日記からだいぶ長くなった。ここから、はしょっていく。
 次に両替。ホテルで両替すると1万円が8400ルピー。しかし、レートのいい両替屋を教えてもらい、1万円が8650ルピーという店があったので、そこで両替した。なかなかいいレートだ。

 お次は、携帯電話。エベレストベースキャンプに3Gのアンテナが立ったというニュースが流れたばかりなので、いっそのことカトマンズで3G携帯を買ってしまおうと、 ニューロードにある携帯電話屋へ向かった。衛星電話でのやりとりは高額になるし、日本の国際携帯を使っても料金がとんでもないことになるので、苦肉の策である。日本で買えるiPhoneはSIMカードが挿せないので、ダメなのだ。

 ニューロードは、カトマンズの秋葉原みたいな場所で、電化製品の店が並んでいる。カトマンズのヨドバシカメラのようなビルに入り、そこでiPhoneを買ってしまった。果たしてエベレスト街道でうまく機能するのか、今回試してみよう。

 夜はチベタンレストランで夕食。たびたび停電したが、メシはうまかった。エベレストビールもうまかった。ホテルに帰ってもまた停電。停電はどうでもいいのだが、お湯がぬるま湯よりも冷たいくらいの温度で、シャワーを浴びる気にもならずに就寝。1月末のカトマンズの夜はかなり寒くて凍えそうだ……。