ホテルエベレストビュー。 

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1月26日

 途中で二時間ほど居眠りしてしまったが、明け方に原稿を書き終わった。スタジオジブリが発行する『熱風』という雑誌の原稿で、内容は古式捕鯨について。海とかけ離れたヒマラヤの山中で、なぜぼくは鯨について思いを馳せねばならないのか。単なる自業自得である。

 夜食に、タイ航空の機内食としてもらったピーナッツ(今まで大切に 保管してきた)と、知人からもらった水飴をなめていたので、お腹はすいていないと思っていたのだが、朝食のフレンチトーストを一瞬で完食した。レモンティーを並々二杯飲み、9時前に宿を出発。

 大きなマニ石があるところで道は二手に分かれる。タンボチェへ向かうルートは道なりで、ホテルエベレストビューへ向かう道は、小さなゲートを開けてつづら折りの急斜面を登っていく。

 やがて左手にシャンボチェの飛行場が見えてきた。「空港」と「飛行場」の違いが正確にはわからないが、シャンボチェのそれは明らかに飛行場である。この飛行場もまた、ホテルエベレストビューと同じく、宮原さんが数十年前に作ったものだ。宮原さんの数奇な人生については『ヒマラヤのドンキホーテ』(中央公論新社)に詳しい。

 斜面を登り終えたところで、日本人のカップルに出会った。そのとき は挨拶しただけだったが、後でホテルエベレストビューのスタッフに聞いたところによると、彼らは新婚旅行だったらしい。飛行機の遅延で予定が変更になり、いろいろ大変だったようだ。新婚旅行でエベレスト街道に来るというのは、なかなかすごい。男性のほうが高山病になって、女性のほうが元気だったら男の人は立つ瀬がないだろうなあ、などとぼんやり考えた。ぼくが出会ったカップルは二人とも元気そうで、楽しそうだった。

 山腹に続く道を進んでいくと、目の前にエベレストが見えた。快晴なので、黒い頂や、イエローバンドの断層までくっきりと見える。カンテガ、アマダブラム、ピーク38、ローツェシャール、ローツェ、エベレスト、 ポルツェピーク、タウチェ、チョラツェなどなど、すべての山がくっきりと見える。気持ちが盛り上がると、疲れを忘れる。歩みは早くなり、一気にホテルエベレストビューまで歩いた。

 ホテルの美しい石段を登り、フロントに到着。昨年末、雑誌『婦人画報』の取材でホテルエベレストビューを訪ねているので、見知ったスタッフの面々が出迎えてくれた。彼らはまだ掲載誌を見ていないので、今回ぼくはその雑誌を見てもらおうとはるばるここまで持ってきたのだ。

 『婦人画報』 新年号のエベレスト街道特集のページをスタッフに見せてあげると、一気に盛り上がった。誌面に出ているシェルパ族の人々の写真を見て、「これはわたしの奥さんです」とか「これは知り合いの奥さんだ」とか「これはどこそこのあいつだ」とかなんとか言いながら、みんなから笑顔がこぼれる。雑誌を持ってきてよかった。

 昼飯は、ホテルエベレストビューで親子丼と味噌汁。うまい。

 午後は、クムジュン村まで遊びに行った。クムジュン村は昨年何度も訪ねていて、雪男の皮が置いてある寺やヒラリーさんが作った小中高校などなど、すでに知っている場所ばかりである。

 昨年は開いていたインターネットの店がオフシーズンで閉店しており、ヒラリースクールにパソコンがあると聞いて訪ねることにした。高校生を担当する先生はさすがに英語が上手で、1分20ルピーで学校のパソコンを使わせてくれるという。「お願いします」と言って職員室というか用務員室みたいな部屋にあるパソコンを使わせてもらったのだが、ネットの接続は、電話回線によるダイアルアップ接続だった。スピードがありえないほど遅く、メールチェックをするサイトのトップページを開くだけで3分くらいかかった。クムジュン村にはこの一台しかパソコンがない。ぼくは仕事をするのをあきらめ、先生に礼を言って退出。(ネットに関しては終始こんな感じなので、仕事関係者の皆様、重いファイルは決して送らないでくださいね。)

 クムジュン村を歩き回りながら、村の写真を撮り、今日の活動を終えることにする。