シェルパの学校。 

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1月28日

 朝7時半に出発。クムジュン村を経由して、標高4000メートル弱のモンラ峠へ。昨年の秋にぼくはモンラ峠まで来ているので、道はわかっている。4000メートルまでの順応は完璧で、空身なら走れる状態。

 モンラ峠でレモンティーを飲んで、ドゥードゥーコシ沿いにあるポルツェタンガという村へ下った。ここから先ははじめて訪れる場所である。ポルツェタンガの茶屋で再びレモンティーを飲む。レモンティーといっても、ホットレモンの粉末をお湯にとかし、ティーバッグが一つ入っているだけのものだ。毎日毎日これを飲んでいる。ネパール製のホットレモンの粉末は果たして体にいいのだろうか……。とにかく、レモンティーを無理矢理三杯飲んで、シェルパたちがアイスクライミングの練習をしているという凍った滝へ向かった。

 ドゥードゥーコシを眼下に見下ろす山腹に、その滝はあった。7、8人の生徒が、凍り付いた滝を使ってアイスクライミングの練習をしている。生徒の一人に日本語を話せる若者がいて、いろいろ教えてくれた。彼は日本語名をフジオという。(きっと日本人をガイドした際にあだ名をつけられたのだろう)。

 午前中はアイスクライミングの練習で、午後はポルツェ(ポルツェタンガではない)で、救急法や地理学や雪崩に関する講習などがある。ぼくは午前中のアイスクライミングの練習が終わるまでずっと撮影させてもらい、ポルツェタンガまで戻って昼飯(ベジタブルチョーメン)を食べてから、ポルツェへ向かった。

 ポルツェには先生として海外からやってきたクライマーたちが大勢いて、いい宿はすべて満員だった。シェルパたちが泊まるナマステロッジという宿にチェックイン。その後、講習を見学した。

 今年のシェルパの学校の生徒は全部で60人ほどで、7人ずつの班に分かれている。ぼくが見学したアイスクライミングの練習は「ヤク」という班で、先生は強者のシェルパだった。他の班にはディノサウルスなどなど色々な名前がついており、西洋人クライマーが先生をしているところもある。

 優秀な生徒 1,2名はアラスカのデナリ国立公園で開催されるガイド講習に招待されるとあって、みんな真剣だ。入学できる年齢は19歳以上で、上限はない。カトマンズから来ている若者もいれば、地元ポルツェ出身の青年もいる。所属しているガイド会社が費用を工面してくれている生徒もいるし、自腹の人もいる。いずれにせよ、みなお金を払って入学していて、無料ではない。

 主催しているのは、アレックス・ロウファウンデーション。アレックス・ロウはすでに亡くなった著名なクライマーだが、その後を引き継いだのがコンラッド・アンカーだった。講師陣には、実力のあるクライマーやガイドたちが名を連ねている。

 晩飯にいつもの茹でたじゃがいもを食べ、夜7時から雪崩の講習会があった。カナダでガイドをしているという若い白人女性が先生で、宿のダイニングルームが即席の教室となった。スライドショーを使って雪崩のメカニズムや回避の仕方、不幸にも雪崩に巻き込まれてしまったときの対処法などをレクチャーしてくれる。即席の教室は隙間もないほどに満席で、みんな真剣である。生徒の他に、熟練した先生たちも来ていたから、実体験の語りなども途中にはさまれて、かなり勉強になった。

 このシェルパの学校の正式名称は、クンブー・クライミング・センター、略してKCCという。思っていた以上にそれぞれの授業が本格的だったし、何より先生と生徒の情熱がきっちり交わりあっていて、見ていて気持ちが良かった。雪崩講習の前に、ぼくのことも皆に紹介してもらって恐縮する。このような学校が、ポルツェというなかなか人が訪れない村で一年に一度ひっそりと行われていることを知れただけでもよかった。

 この日記を書いて、深夜0時に就寝。部屋の中でも氷点下。寒すぎて、やばい。(写真は雪崩講習の教室)