帰国、そして地震。 

3月10日、地震前日。

 夕方、二日がかりで飛行機を乗り継ぎ、ようやく成田に帰国した。携帯の着信やらメールやらが色々入っており、空港の売店で毎日新聞を買い求めると、『CORONA』が土門拳賞を受賞したという記事が載っていた。連絡をくださった皆さん、どうもありがとうございました。

 空港から都内へは、南極で知り合ったフリーの番組ディレクター兼カメラマンの男性の車で、おくってもらった。

 池袋駅から大きな荷物を二つ持って山手線に乗り、電車の乗客から明らかに煙たがられつつ、品川駅へ向かった。お腹と背中のダブルザック状態で、品川のサンディスク本社を訪問し、CFカードやSDカードなどといった記録メディアのサポートについて打ち合わせ。同時に、撮影済みブローニーの220ネガフィルム45本を知り合いに託し、西麻布のクロマートに出しに行ってもらった。

 21時頃、自宅に戻って、旅行中に家に届いた大量の郵便物の開封作業をし、南極で世話になった友人にお礼の小包を送る準備をして、就寝。時差ボケと疲れで、いつ眠ったのか覚えていない。


3月11日、地震当日。

 時差ボケが抜けず、やたらと早く起きた。友人への小包を送ったり、メールに返信したりしながら朝を過ごし、11時に中目黒へ。

 中目黒のカフェで、ソニーのサイトの取材を受ける。カフェには、ソニーの人が一人いて、インタビュアーはバッハの山口くん、カメラマンは小山泰介くんであった。二人には久々に会う。

 中目黒の歩道で小山くんにポートレートを撮ってもらい、駅前で3人と別れて、ぼくは別のレストランへ向かった。

 12時過ぎから知己の編集者二人と、あれはベトナム料理なのだろうか、アジア風の料理を出す小さな店で昼食兼打ち合わせをした。ごはんを食べながら、あれやこれや積もる話をしながら昼食を食べ終わって、そろそろ店を出ようかという段になったとき、急に室内が揺れ出した。最初は軽口を叩いて いたのだが、やがて本格的に揺れ出して、店の人らと一緒に慌てて外に出た。

 南極の海上で毎日激しく船に揺られていて、帰国してからもあの揺れが時々ぶり返すので、最初は身体に記憶された揺れが蘇ったのか、地震の揺れなのかわからなかったが、あきらかにコンクリートの地面が揺れている。中目黒の奥まった路地に面した店だったので、まわりには民家が密集し、電信柱が複数立っている。その電信柱が大きく揺れていて、ぽっきり折れそうだった。

 民家の塀から飛び降りてきた野良猫も慌てていて、何事かとあたりをきょろきょろ見回している。ギャルっぽい女性が、妙な服を着せたブルドッグと一緒に歩いてきたが、女性もブルドッグも平然としていて、こんなときにすごすぎる。

 ぼくと二人の編集者はしばらく路上にいて、揺れがおさまるのを待った。打ち合わせはそこで終わりにし、編集者と別れて、ぼくはとりあえず中目黒駅方面へと歩いた。知り合いがアルバイトをしているマンガ喫茶が近くにあったので、ビルの三階のマンガ喫茶へ階段で向かってみると、ビルの内壁 がボロボロはがれている。マンガ喫茶の中に入ると、本棚から大量の本が落ちていて、それを従業員の男性が拾い集めていた。ぼくの知り合いは、そのときバイトに入っていなくて不在だった。

 午後に神保町で対談が予定されていたのだが、相手の体調が悪く、朝方キャンセルになっていた。対談のキャンセルと地震とは無関係だが、結果的に中止になってよかったと思う。

 実家に電話すると、母親の声がうわずっている。本が落ちてきたとか、犬のレオが吠えまくって怖かったとか、パソコンの上にステレオが落ちてパソコンが壊れたんじゃないか、とかそんなことを言っていた。

 東横線が地震のために止まってしまったので、タクシーで実家に帰ろうと思ったが、つかまらない。中目黒にオフィスを構える会社の人々は、みな会社の外に出て騒然としている。結局、途中まで歩いていたらバスが来たので、それに乗った。そうするとまた余震が来て、バスのなかにいても揺れを感じる。車外の信号や街路樹が揺れているのがはっきりと確認できる。車内は騒然としていて、乗客がワンセグでNHKニュースを見ており、その音声が漏れ聞こえてきて、これは大変だ、と改めて思った。

 家に帰り着くと、本棚から大量の本が落ちて部屋がぐちゃぐちゃになっていた。本棚に入りきれない本が部屋のあちこちに平積みされていたのだが、それもすべて崩れてしまった。

 海外の友人たちからメールが来て、返信を書いた。携帯電話は通じないし、携帯メールはリアルタイムで届かない不都合が起きていて、パソコンのメールが一番早くて確実だった。夜、クロマートに現像が終わったフィルムとベタ焼きを取りにいこうかと思ったが、あいにく電車が動いていないのであきらめた。

 日付が変わって、深夜1時過ぎに携帯電話が鳴った。こんな時間に誰かと思ったら、現像所のクロマートからだった。フィルム現像は終わったのだが、ベタ焼き中に地震が起こり、液がこぼれてペーパーがダメになってしまったという。液を一から作り直したりしていて、予定通りにベタ焼きが仕上がらず申し訳ないという電話だった。いやはや、こちらこそ申し訳ない。彼らは地震によって電車が止まって帰ることができず、現像所に泊まったらしい。


3月12日、地震翌日。

 普段はまったく見ないテレビに釘付けに。疲れと時差ボケのため、眠りと覚醒を繰り返し、起きている間はテレビばかり見ている。こないだ訪ねたばかりの青森県八戸もひどい状況になっていた。被災した地域の方々、避難しているすべての方々のご無事をお祈りし、心よりお見舞い申し上げます。

 夜8時半、枝野官房長官の記者会見をNHKで見た後、原子力資料情報室が行った緊急記者会見をUSTで視聴した。原発の件、じっくりと考えてみないといけない。