現地メモ5。 

 以下は、実際に自分の目で見聞きした各地の情報である。北から順に書き込んでいく。青森県三沢市から岩手県宮古市まで。

青森県:
〇三沢市

 三沢空港から八戸市内へとバスが出ているが、ガソリンスタンドに渋滞ができているために、路線は変更されていた。八戸に直行してしまうとまったく気づかずに通り過ぎてしまうが、三沢港の被害は甚大。港は壊滅状態で、大きな石油貯蔵タンクが転がり、何台もの車と、数隻の船が打ちあがっている。地元の漁師たちが集まって瓦礫を撤去しており、会館の前でゴミを燃やしている。近くの駐車場はコンクリートがめくれあがり、海岸の公衆トイレを閉じていたシャッターは津波によって、破壊されていた。

〇八戸市

 八戸港周辺の被害が甚大。館鼻公園の駐車場から、港を見渡すことができる。大きな船が何艘も打ちあがり、港に壊滅的な被害を与えている。壊れている信号がいくつもあり、車は徐行運転。微粒子の砂埃がひどく、風上に向かってまともに歩けなかった。冠水した家も多し。街から近いため、瓦礫の除去は、急ピッチで進んでいる。
 市の中心部にあるロイネットホテルは、営業を停止していたが、ホテルメセナ八戸(旧ハイパーホテル)は営業しており、部屋はガラガラだった。

〇白浜海水浴場

 海の家や、周辺の住居が壊滅。地域の住民が瓦礫の除去にあたっている。大きな岩がゴロゴロしていたり、車が山裾まで流されているのを見ると、津波の強力な威力を感じずにはいられない。

〇階上町

 階上は「はしかみ」と読む。沿岸にある住居が壊滅。同じく地域の住民が瓦礫の除去にあたっており、重機も入って、復興へ向かっている。

岩手県:
〇洋野町

 鉄道の線路がめくれがあり、橋脚が津波に流されている。その付近に住んでいる住民が、海岸で瓦礫やゴミを燃やしており、焚き火の煙が舞っていた。海岸部に向かう小道は寸断され、現在通行禁止になっている。
 八木港の被害も甚大で、コンクリートの道路がめくれあがって、橋も壊れていた。自衛隊も入り、瓦礫の除去がおこなわれている。JR八戸線は、しばらくのあいだ復旧しないだろう。

〇久慈市

 「久慈グランドホテル」がオープンしており、部屋はあいている。市内のスーパーにもモノはある。ガソリンスタンドには数キロにおよぶ長蛇の列ができたため、数日前から整理券方式で、先着50名となった。朝7時から営業していたが、今はどうだろう。ホテル近くの焼肉屋と居酒屋とラーメン屋が遅くまで営業している。

〇野田村

 現地メモ3に詳しい。村全体が瓦礫に覆われ、岩手県北部のなかでは、最も被害が大きい。消防団が今も行方不明者を捜索している。市民は久慈市街のガソリンスタンドにばかり集中しているが、野田村の南のガソリンスタンドはお客も少なく、並ばずに給油ができる。
 山沿いにある「新山根温泉 べっぴんの湯」は地震から数日のあいだ営業していたが、18日から営業停止。営業中には、ガソリンまみれの服を着たスタンドのお兄さんや、野田村のおじさんおばさん、家族連れらが、被災後の疲れを癒しにきていた。なるべく早い営業再開が望まれる。

〇宮古市田老地区

 見渡す限り、瓦礫の荒野。家屋がサイコロのように転がっており、ぼくが見た場所のなかでは、最も衝撃的な風景だった。45号線が田老地区手前の真崎で通行止めになっていたので、雪の中、そこから数キロ歩いて街に入った。ローソンは跡形もなく潰れ、二重の堤防は決壊、船と車が打ちあがり、上空から爆破されたかのような状況。
 自衛隊、消防団、地元の青年団が捜索にあたっており、ショベルカーなどの重機が数台せわしなく動いて、道を作っている。風景は日ごとに変化している印象だ。
 住民たちが堤防の上を歩き、変わり果てた街をしげしげと眺めていた。頭にほっかむりをして腰の曲がったおばあさんがリュックサックを背負って堤防の上を歩いていく姿が目に焼き付いている。

〇宮古市街

 現地メモ1に詳しい。市街ではホテルが一軒だけ営業しているが、満室状態。部屋は被災者自身やその関係者に譲り、報道関係その他は泊まるべきではないだろう。山側の食堂やスーパーは開いている。宮古病院では地震直後に生まれた赤ちゃんもいる。
 国道45号線が通行止めだったため、西にある龍ヶ水峠を越える道路から市街に入ったが、その道は雪が降り積もり、轍も消えているので、慣れない人はほかの大きな国道を使ったほうが無難だろう。