都市への順応。 

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 帰国してから二週間以上が経った。このブログを更新しなくてはいけないと思いつつ、ぼんやりしているうちに時間だけが過ぎ去っていく。無気力というわけではないのだが、なんだかぼんやりしている。もうしばらく低地順応の期間が必要なようだ。
 いつかの日記にも記したように、エベレストの麓にいた二ヶ月間は、やはりかけがえのない時間だった。体全体とあらゆる感覚を研ぎ澄ませて生きる素晴らしい日々だった。今はどうだろう。ぼんやりしていても、息は吸えるし、苦もなく夜を迎えることができる。
 できるならばまたすぐにネパールへ戻りたいと思う。チベットでもいい。幸いネパール・ルピーはたくさん余っているし、使わずに持って帰ってきた食料もある。かの地を自分が再訪できる日がそう遠くないうちにやってくることを願う。

 帰国してから今日までの日々について、スケジュール帳を見ながら振り返る。

 帰国した日、成田には写真家のエリックが車で迎えにきてくれた。一人では持ちきれない大量の荷物があったので、本当に助かった。前回、エベレスト街道から帰ってきたときは瀬戸正人さんが家の近くまで車でおくってくれて、今回はエリック。奇妙な縁を感じる。

 帰ってすぐに映画『マイ・バック・ページ』を観た。帰国したら、映画館で映画を観ようと決めていた。それはカトマンズにいたときからずっと考えていたことで、なぜ映画を観たいと思っているのかは、自分でもよくわからなかった。ふと虚構の世界に身を置きたくなったのかもしれない。
 週末だったのに渋谷の映画館はがらがらだった。『マイ・バック・ページ』は、全共闘運動が下火になりかけていた60年代に朝日ジャーナルで記者をしていた若かりし川本三郎さんの実話が元になっている。原作は読んだことがなかった。
 映画の冒頭で、松山ケンイチさん演じる青年が、壁にスプレーで描かれた「連帯を求めて孤立を恐れず」という文言をじっと見つめるシーンがある。この古めかしい一文は、詩人の谷川雁の言葉だろう。谷川は宮本常一に触発されて『枇榔樹(びろうじゅ)の下の死時計』というエッセイを書き、そのエッセイに触発されてトカラ列島の臥蛇島を訪ねようとしたのが中平卓馬だった。すでに無人島になった臥蛇島への渡航をぼくも数年前に何度か試みたことがあったが、いつも海が荒れていて誰も船を出してくれなかったことを思い出す。
 『マイ・バック・ページ』の時代、谷川雁はすでに詩作をやめて沈黙していたにも関わらず、過去に放った破壊力のある言葉だけが一人歩きし、あの頃の学生達を扇動し続けていた。映画を観ながら、そのことの意味を考えずにはいられなかった。
 革命家というのは手品師である。言葉によって人々の心の奥底に火を放ち、炎上させ、世界をひっくり返す。手品は呪術ではないから、観客がいることを前提に成り立っている。そこに手品の限界がある。どうやっても本物の呪術師にはなりきれない。谷川はそこにぶつかって詩作をやめたのかもしれないし、『マイ・バック・ページ』に登場するニセ革命家は、その手品さえも中途半端であったがゆえに手品師にすらなれなかった。

 6月上旬はNHKの美術番組の取材で、長野県の野尻湖に行っていた。余談だが、晩年の谷川雁は野尻湖の湖畔に住み、静かな環境で子ども向けの物語を執筆していた。彼はこの美しい森の中で、来るべき時代の新しい神話を作ろうとしていた節がある。
 野尻湖からは旧石器時代や縄文時代の遺物がたくさん発見されており、発掘のメッカとしても知られている。番組収録の合間に、前から行ってみたかった「野尻湖ナウマン象博物館」を訪ねることができたし、日本の湿った柔らかい緑に触れることができて、よい休養になった。

 野尻湖からの帰り道に名古屋へ寄って、名古屋市美術館で開催されていた東松照明さんの回顧展を観た。また、芸大の鈴木理策さんの授業でゲストに須田一政さんが来るとのことで、めずらしい二人の対話を聴きに行ったりもした。二ヶ月ぶりに出席した朝日新聞の書評委員会では、新しい委員の人が加入して、少しだけ雰囲気が変わっていた。

 ちょっと前には、新宿のゴールデン街で、ライターのSさんと大竹伸朗さんと遅くまで飲んだ。大竹さんは全然変わっていなくて、会うとなんだか嬉しくなる。店内のテレビには、古いポルノ映画がずっと流れていた。大竹さんが好きだったというサンドラ・ジュリアンの片言の日本語による歌を聴きながら、不思議な夜が過ぎていった。こうしてぼくは徐々にまた都市に順応しつつある。

 6月11日、震災からちょうど三ヶ月が経った日、岩手の被災地を訪ねた。この話は、また別の機会にするとしよう。ブログの仕様も変えなくてはいけない。自分の汚い顔をいつまでも載せていてもしょうがないし、ネパール時間の時計も外さなければ。エベレスト書評は、結局全然書けなかったが、書棚に入っている本たちは、どれもオススメのものばかりである。