カトマンズ到着。 

3月29日

 バンコク経由でカトマンズに到着した。
 カトマンズの空港には、大きなバックパックやドラムバッグを持った、登山者らしき外国人が大勢いた。ネパールはいよいよ本格的なトレッキングシーズンに突入する。エベレストに登る、他の遠征隊もちょうどこの時期にカトマンズ入りしたようで、見たことのある社名入りのバッグがいくつも空港に転がっていた。

 空港の外に、マウンテンエクスペリエンス(ヒマラヤンエクスペリエンス〈HIMEX〉の子会社)の社員がバスで迎えにきてくれていて、すぐに高級ホテルのハイアットへ向かった。HIMEXはちょっと前まで、チベットホテルをカトマンズの定宿にしていたが、最近はもっぱらハイアットである。設備や対応がいいのと、ハードな遠征の前後は高級ホテルでゆっくり休みたいという参加者の願望を反映させたのだろう。安宿と登山用具が何でもそろうタメルから少々遠いのが難点だが、贅沢は言うまい。

 ハイアットでは、ツインベッドの部屋をシェアして使う。ぼくがシェアすることになったのは、日本から参加した内科医師の男性Mさんである。彼の今回の目的はロブチェピークに登ることで、その先のエベレストやローツェには行かない。
 ハイアットは、ネパールではない。ように感じる。以前、エチオピアのアジスアベバでも取材のために高級ホテルに泊まったが、内外の差が大きすぎて驚いた。ホテルの敷地内だけ西欧諸国なのだ。カトマンズのハイアットも、それに似ている。ぼくはこういうところが、どうも体質的に合わないようで、落ち着かない。

 ホテルで懐かしい面々に再会した。HIMEXのリーダー、ラッセル・ブライスはもちろん、ガイドのエイドリアンやウディや田村さん、そして医師のモニカや、ホーリー女史のもとで働くビリーである。あれから一年が経った。みな、変わっていなかった。

 去年と同じように、HIMEXの帽子と、手を消毒するジェル、地図とトイレットペーパーを受け取り、ラッセルから今回の隊の簡単な説明を受けた。今回は大所帯である。まず目立つのは、イギリスの戦争帰還兵たちのグループだ。「WALKING WITH THE WOUNDED」という、その名もずばりのグループ名である。アフガンやイラクなどで負傷した兵士は本国へ帰還すると、ホームレスになったり、精神的に不安定になったりして、社会復帰が難しい場合がある。それを手助けするグループが「WALKING WITH THE WOUNDED」である。今回は片腕がない人や、トラウマを負った人々が参加しているらしい。イギリスのテレビ局も取材にきている。
 また、去年と同様、昨秋にマナスルに登って今回エベレストを目指す人たちもいるし、その家族たちもベースキャンプまでついてきたりして、とにかく最初は大きな隊になっている。これから上に行くにつれてどんどん脱落していくだろう。

 夜は隊で会食だったのだが、ぼくは一人キャンセルした。仕事がたまっていたこともあるし、パーティーのような場がもともと苦手なのだ。しかも、ハイアットで夕食をとると、一気に3000円以上の費用がかかるので、せっかくネパールに来ているのに何をしてるんだ、というげんなりした気持ちになる。

 というわけで、ぼくは一人でハイアットを抜け出し、5分歩いて、近所の食堂に行って150ルピー(約150円)のターリー定食を食べた。ごはんのおかわりが自由なのが素晴らしい。新しくスーパーマーケットができていたので、バナナとチョコクッキーとコーラも買った。これで夜もお腹が減らないだろう。

 ハイアットの近くに大音響で音楽を流しているビルがあったので近づいてみると、ダンスバーと書いてあった。入口に少年がいる。キャップをななめにかぶった悪そうな奴だ。
「ここはクラブなの?」
「そうだよ」
「いくら?」
「40ルピー(約40円)」
「ちょっと中を見ていい?」
「いいよ、見て来なよ」
 そんな会話を交わして、薄暗いホールに入った。いきなり小人の男性と、きわどい服を着たコールガールのような女性が出迎えてくれたので、ここはフリークスが集まるクラブか、と思ったが、そうでもないようだ。そんなに客も入っていないし、たいして酒を飲みたい気分でもないので、帰ることにした。
 入口の少年が「遊んでいきなよ」と声をかけてくれるが「今日はやめとく」とぼくは言って、なぜか握手をした、その場を去った。

 カトマンズの一日目は、こうして過ぎていった。