雪のペリツェ(標高4200m)。 

4月6日

 朝7時半起床、8時朝食。今日はペリチェで休息日である。だから、朝食時間がいつもより一時間遅いのだ。ペリチェの標高は4200メートルで、このあたりから調子の悪い人が出始める。午前中、外は大雪が降っており、ホワイトアウト状態だった。

 朝食後、アルミのたらいに水を入れて洗濯をした。お湯ではなく、水で手洗いをしたので、外の気温と相まって、手がちぎれそうになった。

 昨日の日記を送った後、ダイニングルームは異様な盛り上がりを見せた。エベレストチームにいる一人のアメリカ人が、衛星電話で本国の妻と話をし、たったいま離婚が成立したとのこと。それを祝って、みんなでビールを開けたのだ。みんなバカ騒ぎが好きだなあ。
 エクアドルから来ているガイドのハイメも離婚しているし、最強ガイドのエイドリアンも一度離婚している。ヒマラヤ遠征などという酔狂な旅に出る登山家は、一度は奥さんと離婚してしまうのだろうか。うーむ。

 すでにベースキャンプ入りしたラッセル・ブライスから連絡が入り、昨日の時点で、HIMEX隊のシェルパが6400メートルのキャンプ2に入ったとのこと。アイスフォールでは、ハシゴかけ専門のシェルパであるアイスフォール・ドクターたちがルート工作中である。クレバスにはしごをかける作業はまだ完璧に終わったわけではないにも関わらず、この段階ですでにキャンプ2入りして場所取りをしているシェルパたちの動きは、さすがとしか言いようがない。

 4時半から、ペリチェに常駐するヒマラヤン・レスキュー・アソシエーション(HRA)の二人の若い女医から、毎年恒例の高所医学レクチャーがあった。ダイアモックスやイブプロフェンなどの薬について。去年と同様に、高所におけるバイアグラの効用について。あとは、高所に行くとおならが出やすくなることなどについても話していて面白かった。

 彼女たちは一週間後にエベレスト・ベースキャンプの医療テントに入る。彼女たちの話で最も興味深かったのは、患者の6割がシェルパ族をはじめとするネパール人であるということだ。ぼくが去年、BCの医療テントに入ってみたときも、ポーターらしきネパール人が診療を受けていた。ペリチェのHRA事務所は、元々日本の大学の登山隊が建設したものではなかったか。とにもかくにも病院が近くにない高所で、HRAの活動は外国人ばかりでなく、ネパール人にも頼りにされているのである。

 色々な方から「ブログ見てるよー」的な内容のメールをいただいて、ありがたい。が、通信状態が悪いこともあって、それに一つ一つ返信できていない。今日は500KBの添付ファイルさえも受信できなかった。けれども、メールはちゃんと見ています。ありがとうございます。

 いまはNcellではなく、ペリチェのインターネットカフェの無線LANを使って日記更新をおこなっている。ペリツェには無線LANがひかれているが、その接続名が「cheapest wi-fi behind next door」だった。笑える。一日250ルピーという値段設定で確かに安いのだが、あきれるほどスピードが遅い。

 明日は、ロブチェBCへ向かう。

*写真は、HRAの講習。ペリチェのスノーランドロッジのダイニングにて。