倉岡さんと再会。ロブチェピーク登山開始。 

4月12日

 
 ロブチェBCにいると、頭上を行き交うヘリコプターの音をよく聞く。きっとBCで体調を崩した者がいて、高額を支払ってヘリを呼んでいるのだろう。低空で飛ぶヘリの爆音を聞くと、いつも沖縄を思い出す。

 ロブチェBCのテント内で6時半頃起床。7時にシェルパが紅茶とおしぼりをもってきてくれる。おしぼりで顔頭や首を拭いて、きれいにする。シャワーのお湯は貴重なので、だいたい一週間に一回くらいしか体を洗わない。だから朝のおしぼりは、テント生活ではミニ朝風呂みたいなものだ。おじさんが居酒屋のおしぼりで顔をこすっている気持ちがだんだんわかってくる。

 今日はロブチェピークのハイキャンプへ向かう日だが、出発は昼過ぎなので、午前中はフリー。ソーラーパネルを日本で貸していただいたので試しに使ってみた。ipodなどの小物を充電できるのは知っていたが、果たしてPCはどうか。結果、充電できた。パワーフィルムという製品名のこのソーラーパネル、使える。昼12時の昼食前に、ガイドの倉岡さんが、一人のインドネシア人の登山者を連れて、HIMEX隊のロブチェBCに遊びにきた。倉岡さんは、インドネシア人と日本人のお客さんを今回ガイドする。

 日本登山界のあれやこれやについて、ここではとても書けないようなあけっぴろげなトークを炸裂させて帰っていかれた。面白い人である。「ローツェは情報が少ないから、ちゃんと書いてね。期待してるよ~」とか「日本では悪夢を見るんだけど、ここだと毎日調子いいんだよ~」などと言い残し、ロブチェの集落のほうへ、インドネシア人とてくてくと歩いて行く後ろ姿を見送った。「ちょっと世界のてっぺんまで」という枕詞は、倉岡さんにこそふさわしいのかもしれない。

 倉岡さんとは、今年もまた上のキャンプで何度も会うんだろうなあ、と思う。去年は、エベレストBCやC2やローツェフェイスや頂上直下でも、会っている。日本最強のガイドの一人だが、威厳とは無縁の気さくな人で、頼りになる。頭に、ゴルフのキャディさんが使うようなサンバイザーを妙な感じにかぶっていて、逆にただ者じゃない雰囲気を漂わせていた。おそるべし、倉岡さん……。

 昼食後、13時30分にロブチェBCを出発して、標高5300メートルのロブチェハイキャンプへ向かった。ようやくゴアテックスのジャケットを身につけ、足もとはきちんとした登山靴を履いた。今までは適当な上着に運動靴だったので、きちんとした装備を身につけると、気合いが入る。いよいよ高所順応一発目、ロブチェピーク登山のはじまりである。

 最初は岩場を歩いて行く。岩場を登り切ると、フィックスロープが張ってある崖の下に出るので、そこでヘルメットとハーネスを装着し、ロープにカラビナをかけて、登っていく。ちょっとイヤな箇所を過ぎて、また少し歩いていった先がロブチェピークのハイキャンプ(標高5300m)である。

 エベレストBCと同じ高さだが、とても同じ高さとは思えないほど高度感があり、荒涼とした岩場になっている。雪が積もっているのだが、ところどころ下の黒い岩が露出していた。

 そこに5張りのテントが張られていて、テント1にアメリカのトビーとラトビア人父、テント2に小島さんとラトビア人娘、テント3に医師のMさんとぼく、テント4にガイドの田村さん、テント5は、他の隊のシェルパ貸して欲しいと言ってきたので、使わせてあげることにした。

 夕食は、Mさんにもらったサムゲタンスープと、アルファ米にネギ味噌などをひっかけて食べた。尾西のアルファ米は、非常に優れている。去年は震災の影響もあって、そこかしこのアウトドアショップで品切れが続いていたが、今年はそうでもなかったようだ。

 ロブチェピークでは、2食分が1パックになったアルファ米を持ってきたのだが、やはり1食分のほうがいい。2食分のアルファ米にはジップロックがついていないので、お湯を入れた後にパックを折り曲げて待つ必要があり、不便である。また、食欲のない高所では2食分の米を一気に食べることができない。半分残しておいて、朝におかゆにしようかと思ったが、夜のうちに凍ってしまって、それどころではなかった。

 夕食を食べ終わると、やることが何もない。お湯を作り終えて、すべてのナルジンボトルをお湯で満たすと、あとは寝るだけである。

 外はホワイトアウト状態のときもあれば、時々雲間からアマダブラムなどが見えるときもある。

 *写真は、ロブチェハイキャンプの上部。今日は写真を撮らなかったので、次の日の写真です。