ベースキャンプに全員揃う。 

4月23日

 ナムチェから3日でベースキャンプに来たわりに、朝から調子がいい。5200メートルには完全に順応したと思われる。いま体調がいいと、後から体調が悪くなりそうで、おそろしい……。

 朝食は目玉焼き2つ。ベーコンおかわり。パン二枚。そして、豆。

 その後、久々にシャワーを浴び、服の洗濯をした。もう2週間ほど洗濯物入れに寝かせておいた服があるので、汚い。アルミのたらいにお湯を張り、ネパール製の洗剤をふりかけて、もみ洗いしていく。すぐにお湯が土色になった。

 ベースキャンプに、今季のHIMEX隊の3チーム(エベレスト・ローツェ・ヌプツェ)そして、シェルパたちが、今日、全員集合した。総勢60名近くいるのではないか。

 エベレストチームは、このブログで少しずつ紹介してきたように、アフガンやイラク戦争で負傷したアメリカ人の元兵士たちがいる。そして、彼らの様子を撮影するTVクルーが来ている。あとは、メキシコ人2人、オーストラリア人女性が2人、ラトビア人2人、それ以外は、イギリス人とアメリカ人が5、6人いる。
 ぼくのいるローツェチームのメンバーが強すぎてやばい。自分はついていけるのだろうか……。ローツェに登るメンバーは総勢7人。以下、一人ずつ紹介していこう。

 セルゲイ:ロシア人のセルゲイは、エベレストチームにも名を連ねていて、エベレストの後、連続してローツェに登ろうという猛者である。スキー滑降も狙っているというが、果たしてうまくいくかどうか。エベレスト登頂後のとんでもない疲労感を彼は知らないに違いない。マナスル登頂。

 レネ:オランダからやってきた、2メートル近い長身の薬局店主。食事のあと、つま楊枝をいつもくわえている、昨年のエベレストでは、一緒に登り、サウスコルの最終キャンプをぼくとシェアした仲。エベレスト、マナスル登頂。

 フランソワとマルティーヌ夫妻:このフランソワという寡黙なフランス人がすごい。シャモニの登山学校の先生をしていて、ピオレドール賞創設に関わったエンサ氏の師匠にあたる、と聞いた。日本にいれば色々調べて書けるのだが、ここでは拙い英語で聞いた情報しか書けないので、間違っていたらごめんなさい。このFrancois Marsigny氏は、ヌプツェのガイドとして来ており、ローツェはちょっと暇つぶしに登るといった感じであった。奥さんのマルティーヌさんは、どれくらい登れるのか未知数だが、フランソワのパートナーなのだから、きっとすごいのだろう。

 Sさん:日本人のパワフルな女性である。60歳。エベレスト、チョオユー、マナスルに登っていて、ダウラギリは二度、シシャパンマは一度敗退している。8000mの経験が豊富で、7大陸最高峰も登頂済み。ネパール語もちょっと喋れて、いろいろ教えてもらいたい。

 アレック:アラスカのフェアバンクス在住。アラスカ在住だけあって、デナリに5回も登っている。3年前、HIMEX隊でエベレスト登頂。もともと漁師をしていたという変わった経歴をもっている。漁師時代は、ベーリング海でカニ漁をしており、15年間彼女がいなかったという。いまはスウェーデン人の美人な奥さんがいる。お父さんが地質学者で、アレック自身の仕事は、キッチンやバスルームなどに使う石の調達をしているらしい。とても気のいい奴である。

 そして、ぼくを入れた7名がローツェのメンバーとなる。

 ヌプツェチームは、前述したように、フランソワがガイドを務める。メンバーは4人。ヒマラヤの生き字引ホーリー女史のもとで働くドイツ人のビリー、中国人でTOREAD社の社長のジン、11年前にぼくと一緒の隊でエベレストに登り、ローツェにも登っているアメリカ人のエレン、そしてフランソワの奥さんのマルティーヌさんとなる。

 ジンは、中国のTVクルー4人を連れてきていて、彼らはベースキャンプで3日間撮影して帰国する。

 いやはや、本当に世界各国から登山者が集まったものだ。ぼくはこの国際隊の雰囲気が好きだ。日本人だけの隊は、上下関係などがはっきりしていて気を遣わなければいけないが、国際隊はそういう空気がない。日本食がないと生きていけない、日本語じゃなきゃダメ、という人は無理かもしれないが、個性的な外国人たちと、しかも極限の環境で長期間の生活を共にする、というのはなかなか面白いものである。

*写真は、エベレストの右側にそびえるヌプツェ。標高7864メートルで、8000メートルにわずかに届かないために、ピークハンターの興味をそそらず、登る人は少ない。エベレストのキャンプ2から、向かう。下にあるのはTOREAD社のテント。HIMEX隊ではBC・上部ともに、このテントを使う。