完璧な順応。 

5月3日
ロブチェ・イーストピーク頂上→ロブチェBC→ゴラクシェプ→エベレストBC

 6000メートルにて、二泊目の朝を迎えた。二泊目だが、昨晩と同様よく眠れなかった。やはり眠っているあいだの呼吸が浅くなり、どうしても頭痛が出る。朝5時、起きて、テントの外に這い出て、小便をし終わる頃には、頭痛がなくなり、普通の状態に戻った。
 フィルター付きの本格コーヒーをMさんにもらったので、作ってみる。しかし、鍋から湯を注ぐのに失敗し、コーヒー豆がコップに入りまくってしまった。
 コーヒー豆を吐き出しながら飲もうとしたが、飲めたものじゃなかった。およそスプーン三杯程度のコーヒーの上澄みを飲み、さらに凍った紙パックのマンゴージュースと格闘していると、すでに外ではフランソワがハーネスを装着しようとしていた。まだ朝の5時半である。出発は6時なのに、さすがENSAの先生は準備が早いな、などと思うが、それどころではない。自分も早く準備をしなくては。
 フランソワとマルティーヌのテントには、お湯を漉すためのフィルターが置かれていなかった。通常、テント内には、大小2つの鍋と2つのカップと木の板と水作りのためのフィルターが常備されている。雪から水を作る際、寝袋の羽毛や髪の毛や砂利や埃が水のなかに入りまくるので、フィルターを使って漉しながら、お湯を水筒に移すのだ。フランソワのテントには、そのフィルターが備えてなかったので、砂利入りの水を飲んでいたのだろう。この日の朝も、彼らはお湯を作ることがなかった。さっさとロブチェBCまで下りたいらしい。
 ぼくも荷物を急いでパッキングする。素手だと指が凍りそうになるので、沸かしたお湯を入れたナルジンボトルを湯たんぽ代わりにして、手を温めながら作業した。
 ノースフェイスの52リットルのバックパックに荷物を満載すると、結構な重さを感じる。アイゼンとハーネスを付けて、パックを肩に担ぎ、朝6時、下山を開始した。
 頂上からの急斜面は、ロープを腕に食い込ませながら、アームラッピングで下る。登りよりも下りのほうがイヤだ。滑落だけはしたくない。
 三人のガイド、ナリーとフランソワと田村さんが、固定ロープを回収しながら下っている。今シーズンのロブチェピーク登山は、もう終わりである。ぼくらの隊が最後の登攀となるだろう。下から、シェルパのヌルやアン・ツェリンたちがテントを回収するために上がってきた。
 ロックキャンプまで下ってきてアイゼンを外す。今回、二回のロブチェピーク登山で、だいぶアイゼンの爪がすり減ってしまった。岩の多い山を登った後は、アイゼンの爪を研がないといけないな。
 朝8時過ぎ、ロブチェBCに到着。わずか2時間半ほどの下山だった。6000メートルから4900メートルに戻ると、身体が、激しく軽く、楽になる。順応の第一ステージは完璧に終了した。
 キッチンのクブドゥが作ってくれた目玉焼きとフライドポテトの朝食を食べ、歯を磨き、顔を洗った。荷物をまとめて、一週間ぶりにエベレストBCへ帰るのだ。
 両足の太ももがカチコチになっている。ひどい筋肉痛である。加えて、左足の親指と中指の爪に血がたまって、黒くなっている。下山のときに、つま先が当たり続けていたからだ。痛い……。
 満身創痍の状態で、のろのろとロブチェBCを出発した。ロブチェの集落でコーラを買う。300ルピー。
 ゴラクシェプで一週間ぶりに日記を更新した。昼ご飯をパスして、ゴラクシェプでミルクティーを一杯だけ飲み、夕方にエベレストBCに到着した。ふらふらである。BCのテントの入口をあけると、まだ若干の犬臭さが残っていた。這うようにテントに入って、横になる。テントの天井を見上げると、ほっとした。
 テントの中は温かかった。
 順応が完全に終わった。
 この日の夜、ラッセルから重要な知らせがあった。数日前の無線を聞いたときから予期していたことだが、決していい知らせではなかった。それは次の日記に書く。

*写真は、ロブチェ・ウエストピーク(標高6200メートル)から稜線をたどって下山中のメンバー。写真ではわからないが、頂の背後にはチョオユー、右手はエベレストとローツェとマカルー、左手にはタボチェなどヒマラヤの峰が連なっているのが見える。