HIMEX、撤退か続行か(前編) 

5月5日
エベレストBC

 BCにいつもの朝がやってきた。朝5時には外が明るくなり、7時にシェルパがミルクティーとおしぼりをもってきてくれる。8時から朝食を食べ、12時半からは昼食だ。今日の昼食はSさんが持ってきてくれた「五目寿司の素」を使って、キッチンのシェルパが五目寿司を作ってくれた。ロブチェピークの頂上で食欲がなかったのとは対照的に、BCに帰ってきてからはどんどん食べられる。

 朝から雪が降った。4月以降、BCに雪が降ったのは、今日が初めてである。何かがおかしい。例年、BCの朝は、マイナス10度以下に冷え込む。雪も何日に一回かは、降る。今年は、マイナス5度程度の日が続き、雪が降らず、BCのあちこちに川が出来ている。去年は、シーズンの終わり頃、気温があがったときにようやく氷河(=アイスフォール)の脇に川が現れた。今年は、数週間前にBC入りしたときからすでに轟々と音を立てて川が流れている。

 いま自分は「エベレストにおいて地球温暖化の現実を目の当たりにしている」と安易に言い切っていいのかわからない。しかし、確実に去年より暖かい。それは、自分の身体感覚だけでなく、温度計が指し示す客観的な事実でもある。

 昼食後、ホワイトポッドに全員集合せよ、というアナウンスがあった。ホワイトポッドとはHIMEX隊のBCのど真ん中にある、大きな白いドームである。ここで人々は、電子機器の充電(ソーラー頼りなので日中のみ)をしたり、本を読んだり、おしゃべりをしたりする。バーカウンターもあって、ビールや炭酸ジュースなども常備されている。日当たりもよく、暖かいので、みんなの憩いの場になっている。時々パーティーも開かれる。大音量で音楽が鳴り響き、夜中まで地響きのような振動が止まらない。

 昨晩は、全員がBCに集合したので、パーティーが開かれた。隣のコンラッド・アンカー率いるノースフェイス・チームなどもやってきて、賑やかだった。コンラッドのチームにいる、おそらく有名なクライマーと思われる女性が酔っ払って、ホワイトポッドの内壁をするする登っていくのを見て呆気にとられた。一見するとかわいらしい普通の女性なのだが、腕の太さがぼくの足くらいある……。
 とにかく、ホワイトポッドは時々一夜にしてクラブ化する。

 こういうことを書くと、エベレストで贅沢な生活なんて、と思う向きもあるかもしれない。しかし、苦労の度合いにおいてその登山が評価される時代は、すでに終わった。節約・忍耐・根性をキーワードに少人数で成し遂げられる登山のみがありがたがられる時代ではないのだ。それも素晴らしいが、これもいい。そういう価値観を持った人々が世界中から集まっている。ENSAのフランソワがいい例だろう。チョオユーやマカルーのシェルパレス・無酸素・アルパインスタイル登頂をはじめ、数々のやばい登攀を繰り返しながら、このような一般の隊に参加して、適度に楽しんでいる。ただし、フランソワのようなクライマーにとって、どの隊に参加してもいいというわけではない。ラッセル・ブライスという信頼の篤いベテラン山岳ガイドが率いるHIMEX隊だからこそ参加しているのだ。これはぼく自身HIMEX隊を選んだから言っているのではない。事実、そういうことなのである。

 エベレストBCでは、どの隊もラッセル・ブライスの動向を注視している。「HIMEXはいつC2にあがるんだ?」「HIMEXはいつアタックするんだ?」去年も今年もそうやってさまざまな人がこの地を訪ねたり、もしくは無線で連絡をとってきたりする。

 話がそれてしまった。時々このホワイトポッドでミーティングが行われる。通常は、エベレスト組ならエベレスト組だけの個別のミーティングだけなのだが、この日は、エベレスト・ローツェ・ヌプツェを含む全てのチームメンバー、そしてガイド、さらにシェルパたちも集められた。重大なミーティングであることは、はじまる前からわかっていた。

 メンバー、ガイド、シェルパたちが全員ホワイトポッドに入ると、足の踏み場もない。ある意味、壮観であった。

 ラッセルが口火を切った。まず、HIMEX隊のセカンドサーダーを務めるドルジの兄・ダワの容体について。ダワはローツェフェイスでルート工作&荷揚げ中に落石を受けて、カトマンズの病院にヘリで運ばれた。ローツェフェイスで岩にあたってから三時間以内でカトマンズに搬送されるレスキューというのは、この界隈では最短ともういうべき迅速さである。しかし、こうした手厚いレスキューの甲斐もなく、ダワは植物状態で意識がないという。数日以内に亡くなるだろう、とのことだった。

 今年のローツェフェイスの状態に関しては、昨日の日記に書いた。加えて、アイスフォールの状態がひどい。「知らぬが仏」という言葉が示すように、はじめてアイスフォールを通過する者には、どこが具体的に危ないのかわからない。「オーバーハングして今にも落ちてきそうな氷の下で、じっくりカメラを構える観光客がいてさあ」みたいな笑い話はどこにでもある。が、今年のアイスフォールに関しては笑えないし予断を許さない。

 毎年、春と秋のシーズンはじめにアイスフォールに梯子をかける「アイスフォール・ドクター」と呼ばれるシェルパのチームがいる。彼らとラッセルは、この数日間、毎朝ミーティングを繰り返してきた。というのも、毎日のようにセラックの崩壊によって梯子がどこかで吹っ飛んでいるからだ。もう梯子自体が不足してしまい、さらにルート上に今にも壊れそうな氷塊がいくつもある。文字通りロシアンルーレットのようになっていて、毎日誰かがここを通るとすれば、必ず誰かが犠牲になるだろうという状態だ。

 あのガリンダが、アイスフォールを通る前だけ本気でお祈りをしてから歩き始める、と話したのは、ビリー(ホーリー女史のもとで働く山岳ジャーナリスト)だった。そして、誰よりもシェルパがアイスフォールの通過を怖がっている。プライドが高く、何ごともさらりとこなすシェルパたちが、アイスフォールの危険に怯えているのだ。もちろんそこにはダワや他の隊のシェルパの事故も影響している。とにかく、アイスフォール・ドクターでも別のルートを見いだせないほど、今年はアイスフォールの状態が悪い。 

 ローツェフェイスの落石やアイスフォールの状態は、ラッセルの見通しでは、悪くなることはあっても良くなることはない、ということらしい。これから季節が進み、気温は高くなる一方である。アイスフォールはさらに崩壊していくだろうし、天気予報を精査しても落石を抑えるほどのまとまった雪が都合よく降るようなことはない。

 そのような想定のなか、「命の危険を冒してまで、遠征を続ける理由はない」というのがラッセルの判断である。それはシェルパやガイドとの長いミーティングの末に決めたことである、と彼は言った。

(つづく)

*写真は、プジャの時にプルバからもらった赤いヒモ。