ルクラでポーターを待つ。 

5月9日
ナムチェ→ルクラ

 朝、パノラマロッジを発つ際に、またもカタを首にかけてもらってしまった。カタは旅の安全を祈願する白い布である。ありがとう、パノラマロッジのみんな。

 写真を撮りながら、ルクラへ向かう。ロブチェピークで痛めてしまった左足の爪が、じんじんと疼く。

 途中、雹が降ってきた。めずらしい。今頃ベースキャンプは雪だろうか。ローツェ・フェイスには雪がついただろうか、などと未練がましく考えてしまう。

 昼過ぎには飛行場のあるルクラに到着した。宿はいつものナマステ・ロッジである。クライミング・ギアなどが入ったキットバッグを運んでくれているポーターが、夜になっても来なくて、みな着の身着のまま、寝袋ナシで眠る羽目になった。エベレスト街道では、ポーターに荷物を運んでもらうわけだが、時々彼らが荷物を持って逃げてしまうことがある。運悪く妙なポーターを雇うと、残念な旅になってしまうわけだが、ぼくたちが雇ったポーターは、みんな若者で、そんなに悪い奴らには見えなかった。

 3、4人のポーターを雇ったのだが、その一人がまだ小学生くらいの女の子だった。児童労働などの問題に敏感な欧米人のメンバーは、それを見て「ポーターは無数にいるのだから、子どもではなく、違う人を雇いましょう」と盛んに言っていたのを思い出す。ぼくはそれを聞きながら複雑な気持ちだった。ポーターの女の子は10歳ほどだったが、彼女は荷物運びの仕事でお金をかせいでいる。もしかしたら一家を支えているのもかもしれない。年若いというだけで搾取であると決めつけて、彼女を解雇するのはいかがなものか。彼女は強制的に労働させられているのではなく、自らかってでて仕事を請け負っている。その任を無理矢理解くのは間違っていないか。

 結局、彼女は解雇されずに、比較的軽い荷物を背負ってもらうことになった。その彼女を含む数人のポーターが、夜22時を過ぎても、宿に到着しないのだ。ぼくたちは宿の居間でぼんやりしながら荷物を待ち続けた。

 もう今夜は来ないかもしれない。ぼくたちはポーターを待つのをあきらめて、仕方なく眠りにつくことにした。

*HIMEX隊のシェルパたち。左下の赤色パーカーが自分です。古典的な鬼の角を付けられての記念撮影。