深夜三時のダッカ。 

6月2日
スィリグリ→チェンドラバンダ→国境→ブリマリ→パットグラム→ロンプール→ダッカ

 今日こそインドからバングラデシュに入らないと、3日間のトランジットビザが切れて、ぼくは不法滞在者になってしまう。

 朝、スィリグリのホテルを出てバスに乗ろうと思ったが、バスがいつ来るか、また、来たとしてもいつ着くかわからないので、お金を奮発してタクシーに乗ってインド側の国境の街、チェンドラバンダを目指した。

 インドのコルカタから鉄道などでバングラの西へ入るルートはポピュラーなのだが、バングラ北部のブリマリ国境は、多くの人が越境するような国境ではない。果たして本当に越えられるか少々不安を抱いたまま、チェンドラバンダに到着した。

 傾いた掘っ立て小屋が一つあり、そこがチェンドラバンダのイミグレーションであった。まったくイミグレに見えないボロい小屋だが、一応係官がいて、対応してくれる。ここでインド出国のスタンプをパスポートに押してもらい、歩いて国境を越えた。

 どういう仕組みになっているのかわからないのだが、いつものように国境を自由に行き来する輩が次々と現れて、「両替をしないか」とか「ダッカ行きのバスがある」などと声をかけてくるが、こうした人々についていってもロクなことはない。「いやいや、大丈夫だから」と言い放ち、今度はバングラ側のイミグレに行って、バングラ入国のスタンプを押してもらった。

 さっき両替を断ったことで、のちのち困ったことになる。どこかの銀行ですぐに両替できるだろうし、インドルピーも使えるに違いないと踏んでいたのだが、その後銀行はなく、インドルピーの使用はことごとく拒否されてしまうのだった。

 まあいい。とにかく国境からブリマリという街に行き、そこから乗り合いバスに乗って、パットグラムという街へ向かった。パットグラムからラルモニルハットへ行って、ダッカ行きのバスに乗ろうという計画なのだが、「ラルモニルハットにはダッカ行きのバスはないから、ロンプールまで行け」とそこら辺いる人々に言われた。そうなのか・・・。

 皆の意見に従って、ロンプール行きのバスに乗った。このボロバスは、途中で何度も停車して次々と乗客を増やしていった。パットグラムでは始発で空っぽだったのに、見る見るうちにすし詰め状態になってしまう。目だけ出したスカーフを頭からすっぽりかぶった女性たちがバスに乗り込んできて、「ああ、イスラム圏に入ったんだな」と実感させられた。

 10年前、はじめてパキスタンを訪ねたときのことを思い出した。高校二年のときにインドのカルカッタ空港に降り立ったときの衝撃も大きかったが、2002年にインドのアムリトサルから今回と同じように陸路で国境を越えて、パキスタンに入ったときの衝撃は大きかった。

 パキスタンでは、なにしろ街に英語が一つも見あたらないのだ。どこの国に行っても、ローマ字の看板くらいはあって、たとえ言葉がわかなくても読むことはできた。しかし、インドからパキスタンに一歩入った途端に、看板もすべてアラビア語になり、英語が全く通じなくなる。そして、男性はみなシャルワールカミースを着ていて、ぼくのような格好は、皆の好奇の視線を一気に集めることになった。国境を越えただけで、これほどまでに文化やルールが変わるのか、と身をもって知った瞬間だった。あれは驚きを越えて、恐怖に近い。街を歩くための手がかりを完全に失い、旅行者としての余裕がなくなってしまうのだ。

 バングラはパキスタンほどではなかった。ベンガル人の多くは、ルンギーなどを腰に巻いた見慣れた格好をしており、シャルワールカミース姿はそんなに多くない。看板も英語の文字がちらほら見受けられる。ネパールやインドとそんなに大きな違いはなく、まだ自分の許容範囲を超えていない。

 ロンプールに到着後、親切な人々があれこれ世話を焼いてくれて、ぼくをダッカ行きのバス停まで連れていってくれた。「インドルピーしかないんです」と言うと、「いいんだ、いいんだ」と言われて、一人のおじさんがリキシャに乗せてくれて、一緒にバスターミナルへ向かってくれる。

 バスターミナルに着くと、先ほどのバスで隣の席だったバングラ人の若者もいて、三人でバスを待つことになった。おじさんと若者に連れられて、バスターミナルの定食屋に入ったのだが、ぼくはバングラのお金を持っていない。「銀行へ行ってくる」とぼくが言うと二人はまたもや「いいんだ、いいんだ。近くにないし、この時間は閉まってる」と言い、結局魚カレーをご馳走になってしまうことになった。みんな親切すぎる。

 ダッカ行きのバスが来たので、インドルピーでどうにかチケットを買おうとすると「インドルピーは使えない」とバスのもぎりに言われてしまう。多少多く払うよ、と言ったのにダメだった。

 おじさんはそのダッカ行きのバスに乗って去り、今度は若者がぼくをリキシャで街まで連れていってくれた。そしてATMを発見し、バングラのお金、タカをおろすことに成功し、ようやく胸をなで下ろす。

 若者と共に再びバスターミナルへ行って、今度こそダッカ行きのバスチケットを購入した。いろいろお世話になったので、若者の分のチケットもぼくが購入した。すでに夕方17時を過ぎ、夕暮れが迫っている。

 ダッカ行きのバスは18時頃に出発し、途中で何度か止まりながら、南へ進んだ。途中で雷混じりのスコールが降ってきて、ボロバスの雨漏りに悩まされる。おかげで床に置いていたバックパックがびしょ濡れになってしまった。

 ダッカに深夜3時に到着。若者がリキシャをつかまえてくれて、しかも代金を150タカ(およそ150円)まで値切ってもらって、グルシャン地区のホテルへ到着。すでに深夜の3時半だった。くたびれ果てていたが、逆に目が冴えていく。

 バングラデシュの人は旅人に親切だと聞いてはいたが、たしかに親切だ。彼らのおかげでようやくダッカに入ることができた。

 今日から、バングラデシュの首都ダッカに滞在する。

*写真は、パットグラムからロンプール行きのすし詰めバスの車内にて。