カトマンズに帰ってきた。 

 また随分と長く日記の更新を怠ってしまった。ぼくはいまネパールのカトマンズに滞在している。

 6月3日にバングラデシュのダッカに到着し、6月7日までダッカ周辺を動き回って、写真を撮影し続けていた。

 ショドルガット、オールドバザール、ルイス・カーンが生み出した国会議事堂、議員宿舎、アユブ国立病院、人々でごった返すファームゲート、スターマスジッド、百貨店、大学……。リキシャやCNGと呼ばれる三輪タクシーに乗って移動し、とにかく街を歩いた。

 ダッカは、あるゆるモノを分解してしまう都市である。テレビも自転車もバイクも布団も船もカバンも洋服も、元の形がわからないほどに分解される。ばらばらになり、単体で見たらそれが何だかわからない細かな部品と化して、オールドバザールの小さな商店で個別に売られるのだ。

 極限まで細分化された世界は、あらゆる人間の手を介し、ダッカという混沌のなかでまったく異なる何かへと生まれ変わる。解体と再生を繰り返しながら泡のように増殖する都市、それが初めて訪ねたダッカという街に対するぼくの率直な印象である。

 こうしたバングラデシュでの体験は、『新潮』をはじめとする雑誌の連載に書くことになるだろう。現地では、人の波にのまれて、ブログの更新どころではなかった。

 6月7日、ダッカからビーマンバングラデシュ航空に乗って、ネパールのカトマンズに戻った。

 6月9日、雑誌『SPUR』(集英社)の人々をカトマンズ空港で迎えた。夜、8000メートル峰14座登頂を達成した竹内洋岳さんの講演を聞くため、日本大使館へ向かった。大変おもしろい講演であった。

 6月10日、カトマンズからルクラへ飛び、『SPUR』の取材を兼ねて、再びエベレスト街道を歩き始めた。ルクラ、パクディン、ナムチェ、クムジュンと歩き、標高4200メートルのクンデピークという小さな山に登った。

 クムジュン村では、ローツェ遠征で世話になったシェルパのプルバと会うことができた。プルバは、川に橋を建設するため、ポルツェやクムジュンの仲間と共に、ゴーキョ近くのナラ村に滞在しており、その工事を終えてクムジュンに帰ってきたばかりだった。

 できあがったばかりの橋の写真を見せてもらった。木で作られた立派な橋である。これでゴーキョ周辺の村民もだいぶ便利になるだろう。登山をしていないオフシーズンにプルバが何をしているのかよくわからなかったのだが、橋の建設をしていたとは……。月末からTOREAD社のトークイベント出演のため、プルバはラッセルたちと北京へ行くという。

 プルバの家で昼食をご馳走になりながら、いろいろな話を聞いた。奥さんと二人きりの写真が一枚もないということで、家の裏にあるジャガイモ畑の前で、プルバと奥さんの夫婦写真を撮影させてもらった。この写真を彼に手渡すという口実ができたので、また秋にでもエベレスト街道を再訪したい。

 そんなわけで、モンスーン到来直前のエベレスト街道を歩き、ルクラから再びカトマンズに戻ってきた。今はタメルのホーリーヒマラヤホテルにいる。ちなみに今季のモンスーン到来は、遅れに遅れて6月16となった、とカトマンズポストという新聞に書いてあった。

 ぼくがネパール→インド→バングラデシュ→ネパールと旅しているあいだに、日本では、いくつかの展覧会が始まっている。特に、山形県の東北芸術工科大学で開催されている『異人』展は、新作を多数含む、大きなものである。6月29日、ぼくも会場に行ってトークイベントを行う予定になっている。もし時間がある方は、遊びにきてください。詳細は、以下。

〇展覧会『異人 the stranger』
6月1日(金)~30日(土) 山形/東北芸術工科大学
来訪神の祭司儀礼を撮影した新作です。
*6月29日(金)16:30~18:00「アーティストトーク」

〇展覧会『やがてわたしがいる場所にも草が生い茂る』
6月1日(金)~7月31日(火) 山形/やまがた藝術学舎
震災に関する写真展。会場は東北芸工大のすぐ近くです。
*6月29日(金)14:00~15:30「アーティストトーク」

 また、6月6日に発売された雑誌『kotoba』(集英社インターナショナル)に は、哲学者の國分功一郎さんとの対談「遊動生活者の欲望論」が掲載されている。最近の対談のなかでは、最も得るもののある時間だった。機会があったら、手にとってみてください。

 ぼくは6月19日に帰国し、数日後には、撮影のため、沖縄の南大東島と宮古島へ向かう予定である。カトマンズが故郷のようになってしまって、「帰国する」という感覚に乏しい。

 深瀬昌久さんが亡くなったと聞いた。『鴉』は、紛れもない傑作だった。学生時代に穴が空くほど眺めたあの一冊に憧れて、アラスカやグリーンランドなどで一時期ワタリガラスを撮り続けていたこともある。森山さんや瀬戸さんや東松さんと話をすると、いつも唐突に深瀬さんの話が出て、そのたびに言いようのない寂しさ、やるせなさを感じた。ここカトマンズより、心より追悼の意を表したい。