BCで休息日。明日から順応の最終ステージへ。 

9月11日

 朝5時過ぎに起床。もっと寝ていられるかと思ったら、案外早く起きてしまった。今日は休息日である。BCのテントの色は黄緑で、光があたるたびに、すなわち夜が明けていくと、徐々にその色が明るくなっていく。ぼくは寝袋にくるまりながら、天井のテントの色の変化をじっと眺めている。

 鴨長明の方丈庵ではないが、大きくて頑丈な家などなくても、鳥の巣ような小さなテントが一つあれば暮らしていける。マナスルBCでは毎日毎日雨が降るが、テント内にいてそれを不快に思ったことはない。

 テントの大きさは、山谷や寿町や釜が崎などといったドヤ街の部屋とまったく同じ大きさだろう。三畳程度、方丈庵よりも小さい。夜の灯りは、天井から吊されたヘッドライトだ。テントの真ん中にぼくが寝るためのマットが敷かれていて、それが布団代わり。マットの両側には、2ヶ月の遠征をこなすだけの荷物が置いてある。テントの入口に向かって左側には、靴下、下着、洋服など。入口のすぐ左にビニール袋のゴミ箱があって、左のサイドポケットにはコーラが二本入っている。

 テントの入口に向かって右側には、アルファ米やスープや行動食などが置いてある。入口から一番遠い右奥に、カメラやフィルムや薬や財布やスケジュール帳がしまわれている。右のサイドポケットには、歯ブラシや石鹸やシャンプーや馬油や小さな鏡などの身支度を整えるグッズが入っている。

 これが自分の住処である。これだけあれば数ヶ月は生きていける。
 ぼくはエベレストやローツェやマナスルといったヒマラヤの山を、一年に一回かそれ以上旅することで、少しずつ自分の中身を入れ替えていく。日本で溜め込んだものをすべて吐き出して、全身と全感覚を使って生きる。太陽の光を暖かく感じ、雨の音を聴き、雪の感触を確かめ、呼吸を整え、生きるために食べる。日々、そうした喜びを心底噛みしめている。

 今日も朝がやってきた。7時にミルクティーを飲み、8時から朝食である。ヨーグルトにコーンフレークを入れ、ソーセージと目玉焼きとパンを食べた。

 朝食後、ダリルがゴルフの練習をはじめると、村に降りなかったキッチンのシェルパ、すなわちラチューやクブドゥがものめずらしげに眺めている。

 昼食は、カレーライスだった。カトマンズでバーモントカレーを仕入れ、田村さんがキッチンのシェルパたちにアドバイスをし、日本風のカレーを作ってくれた。ナスのてんぷらというか唐揚げのようなものもついていて、実に美味しかった。

 午後は昼寝をした。惰眠を貪るとはまさにこのことだろう。C2から帰った疲れを一気にいま癒やしている。

 一方、ラッセル隊長は、午後に各隊をまわって、ゴミの輸送やロープの分担やルート工作について話をつけにいった。各隊のガイドと参加者含め、一名につきロープ100メートルを提供すること。例えば10人の隊だとしたら1000メートルのロープを負担しなくてはならない。ルート工作は、HIMEXのシェルパとIMGのシェルパが率先して行っており、そのフィックスロープを使う場合は、分担金を支払うこと。

 ゴミ拾いを徹底し、まとめたゴミはサマゴン村の村人に持って帰って処理してもらう。その際、一隊につき村に100ドル寄付すること。

 上記のような簡単な義務を果たさない隊が多くいるのは不思議だ。 
 HIMEX、IMG、アルパインアセンツ、カリコプラ、ヘンリー・トッドなど名前の通ったチームはきちんと協力するのだが、特にネパールの会社が、上記のような分担などどこ吹く風という感じで、後から来て好き勝手にフィックスロープを使って登り、ゴミをまき散らして帰ってしまう。申し込む会社によって、遠征費は異なり、最も安いのは当然ネパールの会社である。たとえ100ドルでもネパール社会では大金だ。その程度の分担金もケチって、立派なホームページを作り、インターネット経由で世界中から客を集めて、最悪の場合はそのまま夜逃げ、もしくは早く遠征を終わらせられればそれだけ経費が浮くので、適当な順応を行って適当にアタックをかけて遠征を終わらせる。ヒマラヤ遠征におけるこうした諸問題は20年前から変わっておらず、ラッセルは毎年常に粘り強く交渉を続けてきたのだ。

 夕食は鳥肉と野菜とご飯だった。ヘンリー・トッドがラッセルに夕食に招かれて、ぼくらのダイニングテントに遊びにきて、一緒に夕食を食べた。ヘンリーとラッセルは古くからの盟友であり、ライバル同士でもある。エベレストやマナスルにおける公募登山隊の草分けは、まさにこの二人だと言っていい。今回も、この二人の隊が、最も早くマナスルBC入りし、いち早くルート工作を行っている。

 夕食中に、明日から順応の最終ステージに突入することが提案された。なぜなら14日15日にまとまった降雪が予想され、それまでに早めに最後の順応を終わらせたい、という考えからである。

 12日にBC→C1、13日にC1→C2、14日にC2→C3→C2、15日早朝にC2→C1→BC、という予定になった。いよいよ7000メートル近くまで上がることになる。次の更新は、早くて15日、遅ければ16日となるだろう。
 では、最終の順応へ行ってきます。

*写真は、BCにてゴルフの練習をするラッセル隊長と、それを見守るプルバというめずらしい図。写真を撮っているのは、今回初参加のチームドクターのニマ。ラッセルのスイングは、素人が見てもヘタそのものであった……。やっぱり山とゴルフは似合わない。