賭けバレーボールで、100ルピー勝つ。 

9月16日

 ベースキャンプでは、雨が続いている。

 午前中に、昨日までの最終順応中の日記を書き上げ、一気にブログを更新した。タイプライターを手に入れたウィリアム・バロウズではないが、ぼくは文字通りライティング・マシーンと化して、4日分の日記を書いて送った。マナスルとは全く関係ないが、旦さんが書き上げたバロウズ伝『ライティング・マシーン』(インスクリプト刊)は、愛がこもった素晴らしい著作である。

 バロウズはジャンキーだった。一方で、高所登山は薬物を使わずとも、陶酔状態に入れる希有な行為である。今から考えると、昨年エベレストに登頂した際、8500メートル付近で日の出に照らされたエベレストの影を雲海上に見た瞬間、自分はもしかしたらキマッてしまったのかもしれないと思う。あの直後から異様に気持ちが高まり、ぼくはまったく疲れを感じなくなった。ヒラリーステップをヒラリーステップと認識しないまま「なんだこの岩の塊は・・・」などと怪訝に思いながら苦もなく乗り越え、前を歩いていたチームで最も体力のあったプロのクリケット選手を追い抜かし、ゴーグルが曇って煩わしかったのでゴーグルを取り去って、酸素マスクも短時間ではあるが外して登頂した。気分は高揚し続け、息苦しさや疲労など、そうしたネガティブな作用をまったく感じないまま、頂上では素手になってフィルム交換までして写真を撮りまくった。「ぼんやり」とは正反対に、頭は覚醒してクリアな状態で、きっちり360度見渡して写真を撮ることもできた。あのエベレストの影を見るまで、ぼくは息苦しくて歩みが遅く、疲労を蓄積しつつあった。

 今から考えると、8500メートル付近で鋭角なエベレストの影を左手に見たとき、自分の何かのスイッチが入ってしまったとしか思えないのだ。酸素ボンベのメモリを上げられたとかそういうこともなかった。体は線的に動いていたのに、あの瞬間、突然内的な何かが螺旋状に湧き上がってぼくを突き上げていった。登山とはそういう不思議な昂ぶりを現実化する営みなのである。

 Altitude Junkieというひどいネーミングの登山会社がアメリカにあるが、日常とかけ離れた高所における低酸素状態は、なんらかの陶酔状態を人間にもたらすことは間違いない。クライミング・ハイという上品な言葉では表せない何か。今回のマナスル登山では、そのことに関しても冷静に分析してみたいと思っている。

 午後、バレーボールの試合に出場した。HIMEX隊のシェルパが5人対5人くらいに分かれて、チームを組んで対戦する。ぼくはプルバやニマ君と同じチームになった。試合前に、一人100ルピーが徴収され、勝つと倍になって返ってくるらしい。エベレスト街道にあるポルツェ村のマニ石だったかストゥーパだったかよくわからないが、それが先の地震で壊れたままになっているので、こうした賭けバレーの収益で修復するとのこと。

 まあ、それはどうでもいいのだが、バレーは見るのと実際にやるのとでは、大違いである。ベースキャンプに着いた直後に一度だけ試合に参加したときも、わずかな時間に関わらずすぐに息が上がってしまった。あの頃はまだ順応も完璧ではなかったが、今は平地と同じ程度に順応できている。だから、今日はちょっとは活躍できるだろう、と思い込んでいた。たしかにこないだよりも動けるのだが、それでも4500メートルという標高で跳んだり跳ねたりするのは、つらい。頭が痛くなったりはさすがになかったが、息が上がり、体の反応が鈍くなる。その点、うちのシェルパたちの運動能力の高さには本当に驚かされるばかりだ。ぼくはレシーブに失敗しても、キャプテンのプルバに「ナイストライ!」などと言われて、励まされる始末。山にいるとき、ぼくがシェルパに勝る部分は何もない。

 3セットという数え方でよかったのだろうか、とにかくフルセット戦って、2対1でぼくのチームは勝った。が、久々のフル試合で、腕が痛い・・・。こんな過酷なことを、毎日全力で行っているシェルパたちは本当にすごいと思う。

*写真は雪の降ったベースキャンプの久々の晴れ間。9月19日朝の写真です。