登頂への食料計画、そして鉄の男。 

9月21日

 早朝5時頃に起床してトイレに行く。腹の調子が悪い。午前中、Mさんに漢方薬をいただき、それを試すことにする。明日から頂上へ向かうかもしれないと覚悟していたが、どうやら明後日23日の出発になりそうである。というのも、登頂予定日を26日ではなく、27日に設定したほうが、風が弱くて安定するらしい。

 頂上へ向かう日が近づいたので、登山靴とアイゼンのチェックを行う。ここまで高所靴は使用せず、冬山用の登山靴を使って順応に励んできたのだが、本番では久々の高所靴を履く。しかも、それをBCから履いていく。きっと最初は足もとが暑いだろう。

 上部キャンプで食べる食料のチェックも行った。最終日、頂上からBCに一気に戻って来ることができれば.4泊5日、もし頂上からC2までしか戻って来られなければ5泊6日分の食料が必要となる。いずれにせよ結構かさばるのだが、仕方あるまい。

 以下、いま自分が予定している食料の配分を記しておく。

  9月23日、BC(昼食後)→C1
  C1夕食:アルファ米+親子丼のもと

  9月24日、C1→C2
  C1朝食:おこげのスープ
  C2夕食:アルファ米(半分)+和風サーディン
 
  9月25日、C2→C3
  C2朝食:昨日の残りのアルファ米+お茶漬けのもと
  C3夕食:アルファ米(半分)+さんまの蒲焼き

  9月26日、C3→C4
  C3朝食:昨日の残りのアルファ米+お茶漬けのもと
  C4夕食:カレーカップヌードル(賞味期限二週間切れ)+もち

  9月27日、C4→頂上→C2
  C4朝食:にゅうめん
  C2夕食:のこりもの

  9月28日、C2→BC
  C2朝食:のこりもの

  行動食:羊羹、沖縄黒糖あめ、バターキャラメル飴、ゼリー飲料、イチゴチョコ、ドライフルーツ、一本満足バー、キットカット

  予備:味噌汁二つ、もち数個、C2にデポしてある食料

 はたして足りるだろうか。いや、全然足りるはずだ。

 午後、マナスルで亡くなった小西政継さんの伝記『激しすぎる夢 「鉄の男」と呼ばれた登山家・小西政継の生涯』を読了した。長尾三郎さんの著作である。『エベレストに死す』『マッキンリーに死す』『サハラに死す』はどれも名著だが、この一冊だけまだ読んでいなかった。このマナスルという場所で、本書に出会えたことを嬉しく思う。貸してくれたGくん、どうもありがとう。

 この本によって、今までよく知らなかった山岳同志会について、だいぶ理解が深まった。同志会の遠征だけではないが、小西さんが総隊長を務めたカンチェンジュンガ、チョゴリ(K2)、エベレストの遠征が凄まじすぎる。もちろんジャヌー北壁もやばい。

 文中には、知っている名前がたくさん出てきて、そのたびに新しい発見があった。ぼくは「日本山岳会」という山のクラブの会員であり、この10年のあいだに何度かその長老の方々とお会いする機会があったのだが、それぞれの方がどんなバックボーンをお持ちの登山家なのか、実はおぼろげにしか知らなかった。そうした伝説の人々の若い頃の様子を知ることができただけでも、この本を読んでよかったと思う。

 去年のエベレストで亡くなった尾崎隆さんの名前もあった。K2の最後の登り方などを読んでいると、やっぱり尾崎さんは並外れた登山家だったんだな、と思う。それにしてもこの時代の登山家はみんなとんでもない人ばかりである。彼らからしてみれば、マナスルのノーマルルートなど、「ガキのママゴト」以外の何ものでもないだろう。気が引き締まる。この本を読んだ後では、どんな泣き言も、ただの一言でも口にできない。

 不可解なのは、小西さんの最後である。シェルパを帰した後、一人でマナスルの頂上に立ち、帰路において動けなくなり酸素も切れてしまった。そして、行方不明になった。ぼくたちと、キャンプの標高が異なるので読んでいて混乱するのだが、小西さんの遭難は、とにかく様々な要素がからみあっている。数日後、もしぼくが7800メートル地点に到達できたら、わずかな時間でも、ぼくは小西さんのことを想いたい。そう思う。

*写真は、食事をするダイニングテント。夕食後、みなでおしゃべりをしている。一番奥の真ん中、ポスターの下に座っているのが隊長のラッセル・ブライス。写真は、Kさん撮影。