シェルパのクーデター(未遂、あるいはそれに近いもの)。 

9月24日その2

 -以下は、24日の日記『雪崩、その後』の続きとして読んでほしい-

 面白いものを見た。

 これはシェルパのクーデター、あるいはストライキに近いものである。そうとしか思えなかった。

 午後3時過ぎ、HIMEXベースキャンプ内にあるバレーボールコートに続々と人が集まり始めた。遺体を降ろす作業も一段落したので、いつものようにバレーボールの試合でもはじまるのかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。ちなみに、バレーボールコートは、ぼくのテントの目の前にある。

 白人もいるのだが、圧倒的にシェルパの数が多い。いくつもの隊のシェルパたちが突然バレーボールコートに集まり始めたのだ。

 「何かはじまるの?」とプルバやガイドに尋ねたのだが「いや、聞いていない」という。どうやら、他隊のシェルパの数人が先導して、この時間にHIMEXのBCに集まるよう、仕向けたらしい。

 名目は、「遠征の今後について」。もちろん昨日の雪崩による大量遭難事故をふまえてのことである。このミーティングを計画したのは、いくつかの隊のサーダー(シェルパ頭)クラスのシェルパで、特に「セブンサミッツトレック」という会社のシェルパが、裏で大きな役割を果たしていたと思われる。「セブンサミッツトレック」はミンマ・シェルパという14座に登ったシェルパが代表を務めるネパールの会社である。この隊は、スペイン人が一人、昨日の雪崩に巻き込まれて亡くなっている。

 15時30分頃、雪がちらつくなか、おもむろに野外ミーティングが始まった。口火を切ったのは、流暢な英語を話す「アジアントレック」隊の背の高いシェルパだった。彼は仲介役のような形で、真ん中に立った。「仲介役」と言ったのは、集会の輪が二分されていたからである。一方はシェルパの集団で、もう一方はラッセルを筆頭に様々な隊から集まった外国人グループということになる。しかし、外国人のほうが少なく、シェルパのほうが圧倒的に人数で勝っている。この集会の中心になっているシェルパはマカルー地方出身のシェルパたちだった。エベレストならクンブー地方を代表するプルバのお膝元なのだが、ここはマナスルである。はじめからきな臭い、不穏な空気が漂っていた。

 この野外ミーティングの一部を動画で撮影したので見てもらいたいくらいなのだが、大雑把に解説すると、シェルパたちは、このような大量遭難が起こった以上、すべての隊がマナスル遠征を中止し、即刻BCから撤退すべきである、と言うのだ。個々の隊が、ではない。「すべての隊」というのがミソである。そして、このミーティングを先導した数人のシェルパは、今朝方遭難現場から戻ってきたばかりで、現場を見ており、ルート自体が今は非常に危険である、と主張する。

 不思議なのは、それをなぜラッセルに陳情するのか、ということだ。彼らは他隊のシェルパである。自分たちの隊の今後は、自分たちで決めればいい。HIMEXとは関係がない。

 この集会には様々な思惑が交錯している。エベレストにおいてもマナスルにおいても、事実上ベースキャンプを取り仕切り、フィックスロープの設置をリードするのはHIMEX隊である。そのHIMEX隊が遠征を中止すれば、他隊のクライアントも少なからず納得して、遠征の中止に同意しはじめるだろう。しかし、HIMEXをはじめ、いくつかの隊が遠征を続けるならば、自分たちの遠征を即座に中止することなどできない。クライアントが納得しないからである。

 シェルパたちは、今秋のマナスル遠征を全ての隊が一致して中止すべきである、と非難まじりでラッセルに訴える。そのためにはHIMEXの決断が必要だ、と言わんばかりである。ラッセルは答える。「おれは自分たちのシェルパと相談して、今後のことを決める。全ての隊が連合して、マナスル遠征の中止を決めるなんておかしい。自分の隊の責任は、自分がとる。しかし、他の隊の責任までとれない。それぞれの隊がそれぞれの今後を決めるべきであって、全隊として一つの決断をとるのはおかしい」。

 当然である。ぼくは紛糾するミーティングを傍目で見ているうちに、この数人のシェルパはいったい何を言ってるんだ?と、腹が立ってきた。彼らは口裏を合わせ、自らの方向性を補強するように、足並みを揃えて矢継ぎ早に意見を述べていく。後ろに控えているシェルパたちも次々に手を挙げて、遠征中止をバックアップするような賛意を述べ始める。彼らはとにかくマナスル遠征を中止したいのだ。そのために、HIMEX隊の撤退を求めている。HIMEXの撤退を足がかりに、全ての隊がマナスルからの撤退を決断することを望んでいる。そうすれば、自分の隊の社長やクライアントを説得できる。

 一口に公募隊といってもさまざまな公募隊があり、ネパールの会社は特にその隊の代表が現地にいないことが多い。カトマンズから指令を飛ばし、現地の仕切りはシェルパのサーダーに任せているケースがほとんどだ。サーダーは登山活動における全権を委任されているとはいえ、撤退に関しては、社長の判断を仰がなくてはいけない。現地にいない社長は、後からクライアントに非難されるのを恐れて、よっぽどの理由がない限り、撤退の判断を支持することはない。とにかく登れ、と言うのみだ。

 しかし、HIMEXが撤退する、あるいはマナスルにいる全隊が撤退するとなれば話は別だ。シェルパたちは明確な理由にしたがって、仕事を終えることができ、その日までの日数分の給料をもらえる。なにより、危険を顧みず、これ以上の登攀活動をしなくてもよい。

 気持ちはわかる。が、それをHIMEX隊にまで強制しようとする態度が気に入らない。自分が危険と判断したのなら、自分の隊を説得して、個々の責任で遠征を中止すればよい。それを全隊に仕向けるのは間違っている。

 ミーティングは下手をすればシェルパの暴動に発展しかねない勢いだった。ぼくはKEENのサンダルを履いていたのだが、殴り合いになって足を踏まれたらやばいな、と思った。野球の乱闘ではないが、ぼくたちは監督(=この場合はラッセル)を援護しなくてはならない。トレッキングシューズに履き替えてこようかと真剣に考えたほどだ。

 あいつは「アルパインアセンツ」隊のサーダーだと思うが、一人で興奮しはじめて、「おれはこの目でルートを見てきた。危険すぎる。フィックスを張るのはおれたちだ。おまえたちは安全なところで見ているだけだろう。遠征を中止すべきだ」とまくしたてる。しかし、HIMEXは自前のシェルパだけで頂上までフィックスを張れる実力をもっている。なにより、遠征の今後を決めるのは自分たちであって、あなたじゃない。

 こちらが少しでも馬鹿にした態度をとれば、ケンカがはじめることはわかりきっていた。シェルパは普段は温厚だが、こうなると手がつけられなくなる。ぼくはネパール社会の縮図を見ているように感じた。カトマンズでは今、頻繁にバンダ(=ストライキ)が起こっている。道路を封鎖し、誰かが声たかだかに演説をうちはじめる。そこに皆が意見を述べ始め、時には拳をあげて賛同する。それを無視したり、そこから外れる者は袋だたきにする。もちろん、今回のバレーボールコートでのミーティングはそこまで発展しなかったが、そうなってもおかしくない一触即発のムードに満ちていた。

 結局どちらの側も譲らず、一つの意見に収斂させることが難しい状況になった。ただ、そうした状況になることは、はじまる前から予想されていたことだった。最終的に「自分の隊の責任は自分でとる。それぞれの隊が、それぞれの決断をする」という、もっともな意見を翻すような説得力のある発言はなく(当たり前である)、ラッセルがキリのいいところで、ミーティングの輪から脱出したことで、なんとなく会合は終わりらしき形になっていった。シェルパたちにはまだ不満がうずまいているようで、しばらくその場に残ってああだこうだ議論している。厄介なのは、英語の達者なシェルパ、ガイド資格を海外でとってきたとかいうシェルパたちである。彼らがブレインになって、シェルパにも権利がある、などとしたり顔で言う。そのことを十分にわきまえて、シェルパの地位向上に努めてきたのが、ラッセルであることをわかっているのに、だ。これは仲間を焚きつけるためのそらぞらしい文句、すなわち空虚なアジテーションでしかない。

 外国人が徐々にその場から帰り始め、時間が経つにつれて、ようやくシェルパたちは三々五々立ち去り始めた。焚き火の火がすぐには消えないように、一度芯まで火が点いた炭は、しばらくおき火となってくすぶり続けるだろう。後味の悪いミーティングであった。

 HIMEX隊のサーダーであるプルバは、ついにその会合に参加しなかった。最初は遠巻きに見ていたが、すぐに輪から外れて、テントの中に入っていった。彼がシェルパ社会とHIMEX隊とのあいだで板挟みになっていたことはあきらかで、どちらについても角が立つことに変わりなかった。だから、事前に約束のなかった会合にハナから参加しない、という一つの態度表明は、実に賢明で正しい判断だったとぼくは思う。やはり、プルバはプルバである。

 ラッセルは登山活動を続けるつもりでいるが、今日の後味の悪いミーティングを経て、今後ラッセルがどのような決断を下すのか、まだわからない。プルバはここで遠征を中止したいという意志はもっていない。雪崩が一度起こった以上、C3付近はより安全になったと考えるのが当然であり、ラッセルもプルバもそこは同意見である。ただ、HIMEX隊のC3のテントがどのような状態なのか未だ不明なのと、C2は被害を免れたとはいえ、この混乱のなかで前と同じ状態を保っているのかわからない、という懸念もある。

 今春のエベレスト、ローツェに続いて、マナスルも頂上アタック(またこの言葉を使ってしまった・・・)をしないまま撤退となるのか、それとも登山活動は続行されるのか。予断を許さない状況が続いている。

 今のところの予定でしかないが、26日、HIMEX隊はメンバーとシェルパが同時にBCを出発し、頂上に向かうつもりでいる。が、はてさて・・・。

*写真は、HIMEXのBCで行われた、野外ミーティングの様子。シェルパたちは言外に非難を含んだ姿勢で、ラッセルに意見をぶつけていく。このような緊迫したミーティングを、ぼくは久々に見た。雪崩による死者・行方不明者は11人でほぼ確定の模様。