頂上へ:その3、(C3→C4)。 

9月29日:C3→C4

 C3を8時頃出発。C3からは「ミニ・ローツェフェイス」のような、急な雪面を登っていく。上部は氷状態の所もあり、ちょっといやらしい。

 シェルパよりもガイドよりも早く、C4に着いた。C4は、斜面を登り切って、マナスルのピナクルとは反対のほうにゆるやかに歩いていった先の、岩が剥き出しになった丘の鞍部に作られていた。風が強く、寒い。

 後から着いたシェルパやガイドのブルースと共にテント設営に取りかかる。ポールをテント布地に入れていく際、力強くテントを握っていないと吹き飛ばされてしまいそうになる。テントを一張り、二張りと設営しているうちに、手の感覚がなくなり、と同時シェルパたちが援軍にやってきてくれた。全部で八張りほどのテントが張られ、ここでアタック前最後の夜を過ごすことになる。

 今日は、ドイツ人のアンドレアとテントをシェアすることになった。アンドレアとベルギー人のウィムがC3でテントをシェアしたのだが、そこで二人は険悪な雰囲気となり、アンドレアのほうから「テントをウィムと別々にしてくれ」と要求があったらしい。理由は「ウィムがくさい」と。

 ウィムはこれまで一度もシャワーを浴びず、洗濯もせず、不衛生な状態にあり、アンドレアはそれに耐えきれなかった。高所ではこういう些細なこと(些細じゃないかもしれないけれど・・・)が気に障って、人間関係が亀裂に入り、面倒なことが起こる。ウディとブルースがぼくに申し訳なさそうに声をかけてくるから何かと思ったら「今日はアンドレアとテントをシェアしてくれないか」とのこと。少々困惑した。が、ぼくは無害ということなのか。とにもかくにも、一泊くらいなら誰とでも仲良くやれる自信がある。

 アンドレアはウィムの件に加えて、酸素マスクが顔に合わない、咳が止まらないとかで、滅法まいっていた。C4では酸素マスクを付けたまま寝るのだが、彼はマスクを外したり付けたりしていて、おそらく一睡もしていなかったと思う。ぼくは今までで最もよく眠れたが・・・。

*写真は、本当の頂上直下。この写真の撮影地点に着けば「マナスル登頂」と認められるらしいのだが、こうして写真で見ると目の前の稜線を登らなければ「頂上に立った」とはいえない気がする。だって、あきらかに高いのだから。写真は遠近法によって、少々大袈裟に見えている感もあるが。詳しくは、次の日記「頂上へ:その4」を参照のこと。