シェルパの精鋭部隊「アイスフォール・ドクター」。 

4月16日

 朝7時、エベレストBCのテント内にて起床、おしぼりとミルクティー。 8時朝食、半熟ゆで卵とベーコン、アップルパンケーキ。

 9時、ガスシャワーを浴びる。またもバニラとココアの香りにやられる。街が、、、恋しくなる。

 10時、たらいにお湯を入れて、ネパールの強力洗剤で服を洗濯。

 11時頃、三浦隊の登攀隊長、倉岡さんがHIMEXのベースキャンプを来訪。今日、三浦隊もついにベースキャンプに達したようだ。三浦隊はポカルデピークでの順応をやめて、プモリのC1で順応を行うことにしたのとのこと。

 三浦さんは昨年エベレストの訓練の一環としてロブチェピークに登りにいったのだが、不整脈が出て、登頂をあきらめている。で、少しだけ標高の低いポカルデピークへと順応の山を変更した。が、さらに今回ポカルデピークをやめて、プモリのC1で順応することになったらしい。

 プモリのC1はベースキャンプのすぐそばにあって、登りやすく、順応するための山としては適している。カラパタールに登り飽きてしまった登山者が、天候待ちのあいだに体がなまってしまわないように登る場所としても知られる。

 倉岡さんはラッセルに招かれて、HIMEX隊のキャンプで昼食を食べていった。三浦隊で毎日供される日本食は本当に美味しいらしく、「体重が減らなくて困るよーはははー」などと言っている。ううう。

 しかし、こちらも負けてはいない。今春からシェフのボブが隊に帯同している。年齢は50歳代だろうか、ボブはイギリスの女王にも食事を作ったことがあるという本格派で、しかもヒマラヤ・トレッキング好きということで、ラッセルにスカウトされた。レーとかラダックのあたりを長く旅していた経験を前に話してくれたことがある。

 昼食にはチーズを揚げたものと甘辛ソース、冷菜などがでた。デザートにはキウイとイチゴ入りの生果物。料理に対する自分の言葉が貧弱すぎて悲しい。「チーズを揚げたものに甘辛ソースがかかったやつ」もきっと正式な洒落た名前があるのだろう。とにかく食事の味はいい。でも日本食はうらやましいです、はい・・・。

 倉岡さんは抹茶チョコレートを食べて、三浦隊のベースキャンプへと帰っていった。明日、三浦さんと共にあらためてラッセルに挨拶にくるという。

 午後は、HIMEXガイドの手引きによって、アイスフォールドクターたちにビーコン講習が行われた。HIMEXのガイドでENSAの先生でもあるフランソワ、HIMEXローツェ隊のスイス人女性ガイドでカリコプラ隊のガイドをしていたこともあるスーザンらが、アイスフォールドクターにビーコン講習を行った。

 アイスフォールドクターたちには、今年からTOREAD社が装備を提供している。揃いの青いダウンジャケットに身を包んだアイスフォールドクターたちは体格もよく、いかにも頼りがいがありそうだ。ぼく自身もアイスフォールドクターが全員揃っているのを見たことがなかったので、今日はめずらしい風景を見ることができた。

 以前も書いたが「アイスフォールドクター」とはシェルパの精鋭部隊で、毎年、春と秋の登山シーズンがはじまる前に、エベレスト南側における最初の難所「アイスフォール」に梯子をかけ、そのメンテナンスを行う男たちのことである。「アイスフォール」と呼ばれる場所は、氷河が滝のようになって流れ落ち、常に崩壊を続けている場所で、肉眼ではわからないが、毎日数センチずつ動いて
いる。

 植村直己さんの『エベレストを越えて』などを読むとよくわかるが、昔はエベレストを登りに来た隊が、シェルパと共同で、あの手この手でアイスフォールを攻略していた。その都度、犠牲者も数多く出ている。一シーズンに一隊しか入っていなかった昔と違って、春と秋に隊が集中するようになった現在は、各隊に替わってアイスフォールドクターたちがクレバスに梯子をかけて、エベレスト第2キャンプへの道を切り拓いてくれる。(アイスフォールを抜けて第1キャンプに達しても、その先のウェスタンクウム上に巨大なクレバスが幾重にも口を開いて
おり、そこにもアイスフォールドクターが梯子をかけることになる)。道を切り拓くだけではない。日々、ルートのメンテナンスを行い、常に流動する氷河の動きを読みながら、登山者の安全を確保する存在である。

 つまり、ほぼどんな登山隊も南側(ネパール側)からエベレストに登ろうとする限り、アイスフォールドクターのルート工作の世話になることになる。標高6400mにあるエベレストの第2キャンプは、エベレストのノーマルルートばかりでなく、ヌプツェやローツェ、或いはエベレストの西稜を登るにあたっても、実質上の前進ベースキャンプ(ABC)となる場所だからである。

 だから、春と秋のシーズンにエベレストを登るにあたって、アイスフォールを通過するルートをとるならば、アイスフォールドクターが備え付けた梯子に触れずに通過することなどほぼ不可能ということになる。つまり、たとえ一人で登りにきたとしても、アイスフォールの梯子に触れたならば「単独=ソロ」とは言えない。登山者は当たり前のように梯子に足をかけるわけだが、アイスフォールドクターの仕事に感謝しなければならない。

 アイスフォールドクターたちはビーコン講習を終えて満足そうな顔をして帰っていった。いつか「シェルパの中のシェルパ」とも言うべきアイスフォールドクターについても、きっちり取材してルポを書きたいなあと思う。

 午後、テント内で『見る、撮る、魅せる、アジア・アフリカ!映像人類学の新地平』というDVDを見て、衝撃を受ける。川瀬慈さんの『ラリベロッチ』を見て坂口恭平を思い出し、弘さんの『デヴォキ』、北村さんの『アカマタの歌』を見て、思いっきり頭をぶん殴られたような刺激をもらう。このDVDは、書籍として売られている本に付されたDVDだったはずで、書籍のほうはこちらに持ってこなかった。「あまりにも異なる異文化間で経験の共有は可能か」というような問いが、最初の映像で語りかけられる。ぼくは可能だと信じているが、果たして・・・。

 18時半夕食。チキンカツレツ的な鳥肉とポテトと、あともう一つは忘れた。デザートはババロア。

 22時頃、就寝。