最奥の村、ホンゴン到着。 

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10月14日

 毎日、思った以上にせわしない。朝6時頃にシェルパやポーターたちが起き始めるので、その音で自分も起きてしまう。

 6時半に紅茶を飲み、7時前には急いでパッキングを終えて、朝食を食べる。その後、8時前には出発、という日々が定着しつつある。

 エベレストやローツェやマナスルのときは、一度ベースキャンプに入ってしまえば、ゆったりできた。寝袋をたたむ必要もないし、洗濯だってできる。
 が、こちらでは移動を終えてキャンプサイトに着き、テントをたてて色々やっているうちに夕食の時間がきてしまい、夕食を終えてテントに入ってから本でも読もうかと思うのだが、一日中行動して疲れているので、何もできずに結局寝てしまうのだ。

 そしてまた朝がくる。この調子で移動し続けていると、疲れが蓄積して、アマダブラムに到着する頃にはヘロヘロになっている恐れがある。適度に休まないといけない。

 というわけで、今朝もまた8時頃には出発した。夜通し雨が降っていて、出発時になってもまだ止まない。エベレスト街道では、ルクラあたりでもこんなに雨が降ることはなかったので、今回はほとんど雨対策をしてこなかった。よくよく考えると標高はまだ2000mに満たないわけで、天気が悪くなれば当然雨も降る。

 ハティヤ村のチェックポストに行き、係官にトレッキングパーミットを見せた。このハティヤ村から先は、外国人の入域が制限されていた地域で、2〜3年前にようやく入れるようになった。係官はハティヤにきてまだ5ヶ月ほどらしく、「初めて外国人を見た」という。今日から、いよいよヒマラヤの最奥部に入ることになる。

 雨の中を歩いて、いくつもの峠を越える。峠からハティヤ村が見えた。家が寄り添うように建ち並んでいるのがわかる。

 ヒルがそこら中にいる。草の葉や岩にへばりついて、尺取り虫のように蠢いている。知らないうちに靴やジャケットについていて、気持ち悪い。雨によってヒルの動きがどんどん活発になっているように見える。

 ハティヤから4時間以上は歩いただろうか、13時頃、ついにホンゴンに到着した。ここから北に村はない。ここから北に行けばヒマラヤ山脈とチベット国境があるのみ。すなわちここは最奥の村である。

 ホンゴン出身のシェルパ(ボテ族)のチェビさんの家に行く。チェビさんはカトマンズに住んでいて、ホンゴンに戻ってきたのは8年ぶりだという。チェビさんのお兄さんが迎えてくれた。

 古い文献やネパールの国税調査(のようなもの)によれば、ホンゴン村に住んでいるのはロミ族ということになっている。が、この村の人に聞くと、どうもそうではないらしい。ホンゴン生まれにも関わらず、チェビさんは自分をボテ族と名乗る。そして、ややこしいことに、ボテはシェルパと名乗ることもある。

 そしてこの村に暮らしている人々はロベン族が多いという。チベット系であることは間違いないが、チベット仏教というよりはアニミズムが混じった信仰を持っている。このホンゴンには、自らをロミ族と名乗ろうとしない人々が多いのに、なぜさまざまな調査ではここに暮らす人々がロミ族とされているのだろうか。ロミ族が被差別の民で、だから自分から名乗らないのか。そのあたりは明日以降、もう少し話を聞いてみなくてはいけない。

 チェビさんの家の屋根は竹を編んで作られていて、壁は石を積んでいる。室内には囲炉裏があり、電気はきていない。囲炉裏の上に網籠がぶら下がっていて、そこにはヒエが干されていた。他にもチーズや牛の腸で作ったソーセージなどが天井からぶら下がっている。天井はススで真っ黒になっていて、食器などがところ狭しと並べられていた。

 チェビさんの家で、茹でたジャガイモと辛い大根とバター茶とチャンをご馳走になり、今夜のキャンプサイトである学校へ向かった。

 ホンゴンの標高は2300m。体が雨で濡れそぼり、冷え切ってしまった。寒い。

 まだ強い雨が降り続いているので、外にテントを張らずに、学校の空き教室を貸してもらうことになった。教室の中にテントを張る。教室の壁には子どもが書いたのであろう落書きがあるのだが、どれもアウトサイダーアートかと見まがう妙な絵で、破壊力がある。

 いまテント内でこれを書いているが、雨が教室の天井を叩く音がうるさいほどに聞こえている。靴下を脱ぐと、くるぶしのあたりが血に染まっていた。靴の内側にまで血が染みこんでいる。ヒルが靴下の縫い目から入り込んでいたのだ。ウェットティシュで血をふいた。雨の日はヒルに気を付けねばならない。明日にはこの雨が止んでくれないと、写真も撮れない。水浴びしたいと思っていたあの天気がすでに懐かしい。

 日本の情報を少し。ぼくが表紙の写真を撮りおろした坂口恭平くんの文庫本『TOKYO一坪遺産』(集英社・AD原耕一さん)と前田司郎さんの小説『ジ・エクストリームスキヤキ』(集英社・AD鈴木成一さん)が発売になった模様。色校しか見ないで出国してしまったが、どちらもいい感じに仕上がっているはず。発売中の「KOTOBA」(集英社)という雑誌の京都特集号で坂口君の『幻年時代』の書評を書いたし、雑誌の「POPEYE」にはぼくのインタビュー記事が出ているらしい。

 ここは日本からあまりにも遠い。あの忙しい日々が嘘のようだ。

*写真は、ホンゴンに向かう途中の峠から見たハティヤ村。