アマダブラムから帰国。 

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 11月5日に、アマダブラムBCから北稜キャンプ1手前のリッジ(標高6000mちょっと)まで上がって、BCに引き返した。それまでも咳が止まらなかったのだが、無理して上がったために、余計体調が悪化して、今も咳が続いている。

 アマダブラム北稜ルートは、たしかに難しすぎた。平出さんがエベレストの20倍難しいと言っていたが、それは大袈裟ではなかった。「振り子トラバース」という言葉を、昔アイガー登山の映画を観たときに聞き、自分とは縁遠い技術だと思っていたが、北稜ではそれを使わないと登れない場所もあった。壁伝いに自分を振り子のように振って、登る場所を移動させる。それを、6000m近い場所で、自ら判断しながら使わなくてはいけない。

 BCからコルまでは歩いていけるが、その先はほぼ岩登りだった。歩いて登れる8000m峰の登山とはまったく違い、少々面食らった。北稜は日当たりが悪く、日陰に入ると寒くて体の動きが鈍った。

 どうにかC1手前のリッジまで上がると、その先にもう一つの山があった。実際は一つの山なのだが、そこにもう一つの山があるように見えるのだ。まじか……、と思った。

 C1に荷下げに向かったラクパが、遠くの壁に張り付いてアリのように小さく見えたとき、この先は正直自分に厳しい、と思わざるをえなかった。圧倒された。ここをC1の先までルート工作したプルバや倉岡さんは本当にすごい。セカンドサーダーのタシはビビって「もういい……」と呟き、ずっとお湯作りをしていたらしいが、シェルパたちをもってしても、今季の北稜はやばすぎるということだろう。

 6000mのリッジの上で撮影をして、下ることになった。時間は午後になっており、タイムリミットも過ぎていた。明るいうちにBCに帰らないといけない。

 下りはすべて懸垂下降だった。40回〜50回の懸垂下降をひたすら繰り返した。こんなにも懸垂を繰り返したのは初めてだ。そのときは夢中でやっていたが、時々オーバー手袋を外してATCをいじったので、指先がしびれてしまい、今も両手の中指の先の感覚が元に戻らない。着地点が見えずに手探り足探りで懸垂下降をしなければいけないところもあり、知らないうちに体をあちこち打ちつけていたのか、翌日は体中が痛かった。

 夕食の時間の前になんとかBCにおりることができたが、幽霊のような状態だった。翌日から即座に下山開始。休む間もなく、帰国したため、日記の更新も今までできなかった。

11月6日
 BC→ディンボチェ

11月7日
 ディンボチェ→クムジュン

11月8日
 クムジュン→カトマンズ(ヘリ)

11月9日
 カトマンズ→香港(飛行機)

11月10日
 香港→日本

 んで、今は東京にいる。いやはや、アマダブラム北稜、おそるべし。北稜ルートは厳しいかもしれないが、いつかノーマルルートから、もう一度登頂を試みたい。

 体調が回復したら、また日記を更新します!

*写真は、アマダブラム北稜の最終到達点(6000mちょっと)のリッジ上。倉岡さんが撮影してくれました。笑ってますが、内面は死んでます。無です。後ろに見えるのが、もう一つの山だと思ったというアマダブラムの奥の院。雪のぎざぎざの先に頂上があります。