ポルツェ・3つの取材チーム。 

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4月7日

 6時起床、7時朝食。朝食は、ゆで卵とトースト。これからぼくは卵を何個食べることになるんだろうか……。

 タシフレンドシップロッジを8時前に出発して、ポルツェへ。目の前にアマダブラムが見える。クムジュン村を歩きながら、村に一軒だけあるインターネットカフェを通り過ぎた。そこで働いているのはニマという若者で、彼のお父さんは、ネパール人として初めてカンチェンジュンガに登ったシェルパ族である。

 クムジュン村を出て、緩やかに下る。そこから谷あいの道を登り返した先にあるのがモン・ラ峠だ。モン・ラ峠から後ろを振り返るとエベレストビューホテルが見える。モン・ラから一度谷底まで下って、川に架かる橋を渡り、再び登り返していった先にポルツェ村がある。

 HIMEX隊のサーダーであり、エベレストに20回以上登っている超人シェルパのプルバが、ポルツェに新しいロッジを作った。ロッジの名前は、クムジュンのロッジと同じ「タシフレンドシップロッジ」である。HIMEX隊は昨年まで他のロッジを利用していたが、今年からプルバが作った新しいロッジに泊まることになった。

 プルバは、そこらへんの西洋人ガイドよりもよっぽどお金を稼いでいる。クムジュンとポルツェにロッジを一軒ずつ持ち、多数のヤクを所有していて、さしずめクンブー地方の名士といったところだろう。

 ポルツェの新しいロッジは特別変わったところのないオーソドックスなロッジだった。ポルツェには他にもいくつか新しいロッジができていたが、はたして需要はあるのだろうか。普通のトレッカーはナムチェからタンボチェに行ってしまうので、ポルツェを通らない。ポルツェにはクライミングシェルパ養成スクール「クンブー・クライミング・センター」があるとはいえ、外国人はあまり来ないだろうに。

 ポルツェでの昼食は、ガーリックスープ、フライドポテト、チーズサンドイッチ、ニンジンサラダ。

 午後はフリーなので、ぼくはもろもろ仕事をした。

 今年のHIMEXのエベレスト隊には、3つの異なる映像チームが参加している。ここで説明しておこう。


 一つ目は、『Sherpa – In the Shadow Of The Mountain』という映画の制作チーム。
 これは、オーストラリアの映画会社が主体となり、シェルパやその家族についての長編映画を作るために参加している。登山家に焦点をあてた映画は数多く存在するが、シェルパ族に焦点をあてた映画はほとんどない。シェルパがどのように山に登り、その家族がどんな思いで彼らを見つめているのかを描く。今から完成が楽しみだ。

 映画の主人公は、HIMEX隊サーダーのプルバ・タシと、シェルパニ(女性シェルパ)のヤンジーである。ヤンジーについては、一年前の日記に詳しく出ているはず。昨年の遠征でヤンジーとぼくは一緒にロブチェピークに登っている。

 ヤンジーは、シェルパ女性として初めてマナスルに登頂しており、お父さんはクライミングシェルパだったが、数年前にエベレストで命を落とした。ヤンジーは、妹と二人で94歳の盲目の祖母の面倒を見ていて、つい最近、ここポルツェのクンブー・クライミング・センターでさらなるトレーニングを積んだ。彼女の一年間の努力については、この映画によって詳しく語られるだろう。日本でこの映画を見られる日が来ることを心から願う。


 二つ目は、『Hero’s Project』。
 これはアメリカの負傷兵の職場復帰を助ける信託ファンドが主体となった映像プロジェクトで、脚を切断したトーマス・リンヴィルという男性がエベレストに登る様子を撮影し、番組化する。カメラマンには、日本人の平出さんが抜擢された。平出さんは、昨秋一緒にアマダブラムへ行った日本屈指のクライマーである。エベレストBCで、ぼくは平出さんやガイドの田村さん、一緒にマナスルに行ったSさんや医者のMさんにも出会うことになるだろう。


 三つ目は、『7 + 2 Project』。
 これは、このブログでもおなじみの中国人女性ジンによる、7大陸最高峰登頂と南極点・北極点到達を最短期間で完遂するというとんでもないプロジェクトである。現在の記録は、6カ月と11日だそうで、その記録を打ち破るべく、ジンは2014年元旦から飛び回り、1月1日から4月1日までのあいだに、南極点、ヴィンソンマシフ、アコンカグア、キリマンジャロ、カルステンツピラミッド、エルブルース、北極点(ついでにコジウスコとモンブランも)に行っている。あと残っているのはデナリとエベレストだけだ。

 記録としては全く意味がないと思われるこういうことをよくやるわ……と思ってしまうのだが、このプロジェクトの意味に関しては、もう少し冷静に考察したい。これは、セブンサミッツだの両極点だのといったこれまでの様々な記録を鼻で笑うかのようなプロジェクトで、いかにもお金持ちの中国人らしいプロジェクトであると言ってしまえばそれまでだが、時代はある意味ここまで来てしまったのか、という感慨さえ抱かせる。この件に関しては、次号の『暮しの手帖』にさらに詳しく書いた。


 とまあ、こんな3つの取材チームを抱えているものだから、HIMEXの先発隊はすごい人数になっているはず。彼らはぼくたちより3日早く出発したので、今ごろペリチェにいるはずだ。HIMEX隊以外では、日本のテレビ取材をひっさげたイモトさんの隊もエベレストにやってくる。ガイドは倉岡さん。

 さてさて、今年のエベレストも上記のようなカオス状態である。ぼくたちマカルー組は、そんなエベレストBCには一週間弱だけ滞在し、早々に退散する予定だ。

 今日はポルツェに泊まり、明日からペリチェに移動する。


*写真は、モンラ峠から、ポルツェ村に向かって下っている途中。X型になった台地にポルツェ村があるのがわかるだろうか。その右上にはアマダブラムが、さらにその右にはタムセルクが見える。エベレストやローツェは、アマダブラムのさらにその先にあるが、ここからは見えない。