回復の日々。 

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7月19日
BC

 寝返りさえうたずに、熟睡した。一日寝れば、回復する。二日寝ればほぼ全快する。三日寝れば、日常。

 前の日記で、アラスカから来たアレックが脱落して帰国する道を選んだことを書いたが、その後、帰り道に同行するリエゾンオフィサー的なパキスタン人を待っているあいだに心変わりし、「行けるところまで行く」ということになった。昨日までの最終の順応では、C3に行けず、C2に二泊したのみに終わっている。

 また、もう一人のアメリカ人ブルックも、ほぼ脱落した。「ほぼ」とつけたのは、帰国する道を選んでいないからで、彼もまたC3まで行けずにC2に二泊してBCに戻った。最終の順応でC3に着けなかったということは、他のメンバーの順応についていけなかったということで、すなわちゲームオーバーなのだが、早めに酸素を吸ってどうにか頂上へ向かおうということらしい。

 奇しくも、最初に帰ったボウも、上記のアレック、ブルックの三人ともHIMEX隊に三人しかいないアメリカ人である。これをもってアメリカ人はメンタルが弱いんじゃないかと言うことはできないだろうが、今までの遠征を見てきても、アメリカのメンバーは少々不安定である。マカルー遠征で最初にギブアップして帰ったのもアメリカ人だった。

 他の隊では、アブルッツィ稜から登頂を目指していた若いパキスタン人女性も帰ることになった。彼女の名はサミーナと言って、パキスタン人女性初のエベレスト登頂者で、パキスタン内では有名人らしい。腕に落石ならぬ落氷を受けてそれが原因で今回のK2遠征を離脱することになった。

 ネパールのシェルパたちも一枚岩ではなく、弱音や不満がちらほら聞かれるようになって、ラッセルを悩ませている。

 この日までに、映画を三本観た。スコセッシの『タクシードライバー』とスピルバーグの『キャッチミー・イフユーキャン』、そして昨年公開された『K2登頂の真実』の三本。

 スコセッシの作品はほとんど観ているはずで、『タクシードライバー』は大学生時代、まだ10代だったか20代そこそこの時に観ていたと思う。が、今観ると随分印象が違った。思った以上にバイオレンスな作品で、ものすごく端的に言えば、一人のキチガイタクシー運転手の話。今だったら時勢的に公開できなかったかもしれない。しかし、やはりスコセッシの代表作であり、ぼくは大好きな映画だ。

 『キャッチミー・イフユーキャン』は初めて観たが、最高に面白かった。スピルバーグの一番良いときの作品の一つかもしれない。小切手詐欺の天才少年とFBIの追いかけっこで、展開は爽快の一言に尽きる。小切手と言うと、すぐに
『ナニワ金融道』を思い出すのだが、通ずる部分が確かにある。実際の話を元にしているところが、またいい。

 『K2登頂の真実』は、昨年、有楽町の劇場で観た。さらにもう一回観て、個人的にクソ映画の太鼓判を押したい。K2に初登頂したイタリア隊の真実の話という触れ込みで、ボナッティの回想などに基づいて丁寧に歴史を追う、というところまではいい。隊員の会話がイタリア語なのはわかるが、地元民の子どもまで流暢なイタリア語を話す、などと揚げ足をとるような批判をするつもりはない。浮浪児を演じる子役が日本ぽい顔立ちの男の子で、どう見てもパキスタン人には見えない、とかそういうところもどうでもいい。パキスタン人のポーターが、K2に祈りを捧げるシーンなどにぼくは強烈な違和感があった。地元民のことを描いてバランスをとろう、リアリティが出るかな、という演出意図が見え見えで、アリバイ作り的にそれらしく挿入しているようにしか思えない。イタリアによるイタリアのための初登頂賞賛映画であって、K2という山の本当のやばさだとか素晴らしさだとか、カラコルム山脈への敬意みたいなものをほとんど感じさせないものだった。ボナッティの人生を賭けた個人的な戦いについてきちんと認識できたことだけが唯一の収穫だと言える。

 そんなわけで、毎日が過ぎていく。

 次の好天周期はいつくるのだろうか。

*写真は、ネパールのシェルパたち。左上:ニマ・テンジン(21歳、2011年に一緒にエベレスト登頂)、その右:テンジン・ギャルツェン(19歳、プジャで祈りを唱えた。最年少シェルパ)その右:ナワン・テンジン(21歳、ニマと兄弟のように仲がいい。強い。)真ん中:ウルケン(22歳、ほとんどの遠征で顔を見るけど、ぼくはあまり話したことない)左下:パサン・ニマ(23歳、いつもぼんやりしている。腕に落石を受けて負傷)一番右:ソナム(21歳、いつも微笑をたたえて弱そうなのに、実は最強。体の線も細いのにすごい)