二人の日本人女性が下山へ。 

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7月22日

 朝6時過ぎ起床。トイレに行きたいが、寝袋から出たくなくて、もぞもぞしている。

 このK2のBCには、HIMEX隊の他に、セブンサミッツ隊やマイクホーン隊、あとよくわからない小さな隊が何隊かいて、そしてアメリカのガレット・マディソン隊がいる。彼らはアブルッツィ稜からの登頂を目指しており、5〜6人のアメリカ人で構成されている。そこに日本人女性が現地パキスタン旅行会社からのジョイントという形で一人、参加していたのだが、彼女が体調を崩して、今日帰ることになった。

 扁桃腺がとんでもなく腫れて、顔がむくみ、口内炎などもひどくて、何も食べられない状態という。抗生物質を投与してもよくなるどころか悪化する一方で、下山ということになった。特約の山岳保険にも入っているから、ヘリでの下山が可能ならそれで、という雰囲気だったのだが、昨日の日記に書いたようにブロードピークのABCにはもっと重傷の日本人女性がいる。一日に二回、ヘリが来れたら最高だが・・・。

 朝食後、10時頃だったろうか、彼女がガレット・マディソンのBCから下山をはじめた。とりあえずブロードピークBCまで下ってヘリを待ち、来なければ馬に乗って下山するという算段らしい。

 昨日のブロードピークの一人と合わせて、二人の日本人女性の登山が奇しくもほぼ同時期に終わった。

 高所登山というのは、本当に小さな傷から終わりへのカウントダウンがはじまる。小さな小さなかすり傷でさえなかなか治らないし、たかが“風邪”が下山を余儀なくされるクリティカルな病へと変化する。下界に比べると、回復が極めて遅い、あるいは、治らない。それが高所という環境である。

 ぼくたちは、今ひたすら「待ち」の状態にあるが、ただ漫然と待てばいいというものではない。身体と精神を維持し続ける、それが高所における「待つ」ということで、維持するということは決して受け身ではなく、積極的に身体と対話し続けなければいけない。

 下山する彼女から日本食をもらった。尾西のアルファ米はいつも使っているが、尾西の「パン」があることは知らなかった。ありがたくいただく。そのほかにオタフクソースやマヨネーズ、鮭とばも。

 無事に下山して、スカルドかイスラマバードの病院で治療を受けられることを願うばかりだ。いま22日の17時前だが、ブロードピーク方面で現在時刻までに14時頃と16時過ぎ、合計二回ほどヘリのエンジン音が聞こえた。もしかしたら二人ともヘリで下山できたかもしれない。そうあってほしいと思う。

*写真は、ダイニングテントの外に出て、ラッセルから今後の見通しについて話を聞く。メンバー、パキスタン人ハイポーター、シェルパら。

**以下、告知です。

〇7月23日、NHKザ・プレミアム。
『地球アドベンチャー冒険者たち−原始のヒマラヤを撮る』再放送放映。
グレートヒマラヤトレイルを経てマカルーから、アマダブラム北稜への長い旅。

〇8月27日、19時30分〜、鈴木理策さんと初台のオペラシティでトークイベント。申し込みは以下。
→ http://www.operacity.jp/ag/exh178/j/event.php

〇9月19日(土)、10月24日(土)、11月21日(土)に、青森県立美術館主催『青森EARTH2015−みちの奥へ』で、写真ワークショップ開催。全三回。場所:青森県の外ヶ浜町中央公民館。申し込みは以下。
→ http://www.aomori-museum.jp/ja/schedule/info/project/797

〇ぼくの最初の著作『この地球を受け継ぐ者へ』がちくま書房から『完全版』と銘打って、文庫化されました。解説は管啓次郎さん。装丁は服部一成さん。現在のヒマラヤ日記にも延々と続く、日々日常を記録することの原点が、この本です。

〇最新写真集『潟と里山』が青土社から発売になった模様。新潟市内の西区と西蒲区という小さな場所から環日本海へと繋がる、渾身の一冊です。解説は椹木野衣さん。装丁は古田雅美さん。現在開催中の『水と土の芸術祭』では、この写真集が作られるまでのアーカイヴ映像などが展示されています。