エベレスト新時代の到来。 

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 大仰なタイトルだろうか。ぼくはそうは思わない。

 2016年5月11日17時2分、9つの隊から選ばれた9人のシェルパが、エベレストの南東稜・ネパール側ノーマルルートからエベレスト登頂を果たした。もちろん今シーズン初であり、何よりも、この二年間で初めてのエベレスト登頂だった。

 2014年春はアイスフォールで起こった雪崩により登山中止、2015年春はネパールで起こった大地震のためエベレスト登山は中止になっている。この二年間、一人もエベレストに登頂できていなかった。こういったことは過去に例がない。

 その二年間に、シェルパの意識も変化し、世代交代も起こった。エベレストの世界最多登頂タイ記録21回の登頂を誇る、HIMEX隊の不動のサーダー、プルバ・タシが高所登山からの引退を宣言した。彼は今シーズンの遠征に名を連ねてはいるが、ベースキャンプにとどまって、指示を出すだけに徹している。HIMEX隊の上部キャンプへの荷揚げは、プルバの指示のもと、若いシェルパたちが行った。

 近年はプルバが先頭を切ってネパール側のルート工作をリードし、毎シーズンHIMEX隊のシェルパをメインにチームを組み、彼らが最初にエベレストの頂を踏むことが多かった。しかし、今年はプルバの引退もあり、9つのチームから一人ずつシェルパが選出されることになった。ラッセルたちの尽力によって、ベースキャンプに割拠する数々の隊に以前よりも強い横のつながりができたことを示す、画期的な出来事である。9人のシェルパと所属は以下。

Gyalzen Dorje (Himex)
Ang Pemba (IMG)
Nima Tshering (Adventure Consultants)
Sera Gyalzen (Asian Trekking)
Pasang Tenzing (Ascent Himalaya)
Mingma (Seven Summits)
Mingma Tsiri (Himalayan Expeditions)
Ang Gyalzen (Arun Trek)
Lhakpa Tshering (Himalayan Guides)

 9人のシェルパ・オールスターチーム(みんなサーダークラスの優秀なシェルパたちだろう)は、最終キャンプのあるサウスコル(標高7900メートル)からルート工作をしながら、すなわち固定ロープを張りながらの登攀で、13時間かけて頂に立った。二年間、誰も訪れなかった稜線を歩き、頂に立った気持ちはどんなだったろう。固定ロープのないヒラリーステップに、最初にロープを張りながら登っていくのは、どれだけ緊張を強いられただろう。

 この二年間の思いを胸の内に秘めた何百人もの登山者が下で待機していた。彼らの思いを背に、二年ぶりに登頂に成功し、ルートを拓いた彼らは、心から賞賛に値する。この一報によって、ネパール側のベースキャンプは沸き立ったに違いない。

 ベースキャンプにいる登山者のほとんどは、シェルパがルート工作をしなければ、上に登れない。そのことを顧みずに、エベレスト登頂を誇るのは片手落ちである。

 昨今、エベレストをテーマにした映画が日本でも公開され、昔以上に認知度があがってきたかもしれない。しかし、間違った認識を植え付けてしまうものもある。最近観たエベレスト関連の映画の、ぼくの中の位置づけは、
『神々の山嶺』→エンタメ
『エベレスト3D』→ノンフィクション
『シェルパ:エベレストに生きる』→ドキュメンタリー
ということになる。

 最後の『シェルパ:エベレストに生きる』はオーストラリアで作られた映画で、日本ではディスカバリーチャンネルの一番組として放映されるのみで、劇場公開の予定はない。それを明日5月13日、日本語字幕入りのものを原宿VACANTで公開する。イベント詳細は以下。
http://event.hutu.jp/post/143257846285/sevencontinents

 『シェルパ:エベレストに生きる』は、プルバに密着取材しつつ、ラッセル・ブライスや欧米人の山岳ガイドやライターなどのインタビューを交え、昨今のエベレスト登山事情を詳らかにしている。2013年に登山界のスーパースター、ウーリー・シュテックやシモーヌ・モローらがシェルパともめ事を起こして殴られる事件があったが、あのときの決定的なシーンも映画に出ており、びっくりした。テントに投石されている場面も出てくる。標高6400メートルのキャンプ2で本当にあんな事態が起こったんだな、とあらためて絶句してしまった。

 こういう正直な山岳ドキュメンタリーは、なかなか日本では作られないだろう。この映画を観ると、今年の各チームから成るシェルパ混成隊9名による2年ぶりの登頂が大きな意味をもつということを、より深く理解していただけると思う。映画はシェルパの立場に寄りすぎている、という感想をもつ人もいるが、欧米人の立場に寄り添った登山映画や番組がほとんどだった現状、本作は貴重だ。(いい面だけではなく、一部のシェルパの悪い面も描かれている)。

 2012年にローツェフェイスの落石でHIMEX隊が遠征中止、2013年にモローらとシェルパのいざこざ勃発、2014年にアイスフォールの雪崩で遠征中止、2015年に地震で遠征中止。振り返ると、2012年ごろからエベレストには不穏な空気が漂っていた。今年の登頂で、エベレストに漂うそうした暗い空気が払拭され、シェルパの世代交代と共にチーム同士の横のつながりも確立されて、大衆化し、カオス化したと揶揄されるエベレストにもようやく新時代が到来するのではないか、とぼくは思う。

 かくいう自分は、今春はヒマラヤ界隈を離れ、アラスカへ向かう。北米最高峰デナリに、20歳の時以来、もう一度行くことにした。それにあたって、このブログもまた近日中にリニューアルします。お楽しみに!

(写真は、エベレスト(ネパール側)のキャンプ1をウエスタンクウムから眺めたところ。その先にアイスフォールが落ち込んでいる)。