救助の現場。

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7月21日
BC

 朝6時過ぎには起床。最近は特に天気が気になって、半分寝袋にくるまりながらテントから顔を出して、まずK2を見る。今日は雲がかかっていて、頂上は見えない。

 昨日の雪崩で、行方不明になったパキスタン人はまだ見つかっていない。彼は雪崩遭遇時、フィックスロープにカラビナをクリップしていなかった。安全だと思われるときにも必ずカラビナをかけておかなくてはいけない。

 逆にカラビナをクリップしておいて、何人かが助かった。HIMEX隊は8ミリの細いロープは決して使わない。雪崩にあった場所はHIMEXが提供した太いナイロンロープが使われていたので、それによって雪崩に流されずに生還できた、と言う登山者もいた。

 中国人女性は骨折もなく、どうにかブロードピークBCに帰り着いた。問題は、日本人女性である。足首を骨折し、肩を脱臼していて、動けない。ブロードピークのABC(クランポンポイント=取り付き)まではおろせたもののBCまでは運べない。曇天が続き、ヘリもすぐには来られない。

 朝食後、ラッセルとHIMEX同行医師のディックを含む数名が、日本人女性の救助にあたるため、ブロードピークのABCに向かった。ぼくも同行した。

 出発前、ダイニングテント内でトレッキングポールを使って足を固定するシミュレーションをしたり、酸素ボンベや非常用のタンカを準備するなどして、もろもろ医療品をザックに入れて、モレーンへと出る。

 氷がどんどん溶けて岩がむき出しになったモレーン上を進む。ブロードピークBCからブロードピークABCは1時間くらいの距離で、K2BCからブロードピークABCは1時間半くらいの距離。

 ブロードピークABCに着くと、緑色のHIMEXのデポテント内に彼女は寝ていた。意識ははっきりしており、痛み止めが効いているのだろう。彼女の隊にも若い女性の医師がいるのだが、HIMEXの同行医師のディックは60歳を過ぎた老練である。たちまちラッセルとディックと女性医師と向こうの国際ガイドらと、今後どのように処置していくか会議となった。

 会議後、ラッセルとディックの迅速な対処がはじまった。彼女が寝ているテントから少し離れた場所を整地することからはじまり、完璧なプラットフォームを作ったあと、大きな手術用のテントが建てられた。ラッセルの指示でぼくたちは動き回る。

 テント内に大きな石をいくつも運び込んで手術台を作る。石の手術台の上に、プラスチックのシートが引かれ、その上にサーマレストが敷かれて即席の手術台が完成した。

 日本人女性のTさんは、寝ていたテントから手術テント内に運び込まれた。ディックがどこかの医者に衛星電話をかけて何かを聞いている。その後、足首を縫う手術が行われた。

 ヘリがすぐに来れば問題ないのだが、ここはネパールではない。ネパールだったら問題なく飛べる天候でも、パキスタン軍のヘリはなかなかこない。もしも明日明後日とヘリが来なかったら、足首切断にもなりかねない、という。

 ともかく山の中での手術は無事に終わり、夕食時にはBCに帰ることができた。ブロードピークの登山活動は、どこの隊も現在休止している。

 今日は一日があっというまに終わった。

*写真は、ダイニングテント内で救助のシミュレーションをしているところ。けが人役はニュージーランド人女性のロシェル。左はHIMEX随行医師のディック。1997年にエベレストに登っていて、高所医学のエキスパート。