ボダナートへ。

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1月19日

 今日は一日カトマンズにいる。

 昨晩はぬるかったシャワーも、今朝はきちんと熱いお湯が出た。シャワーに入り、コーンフレークにヨーグルトとジャムをかけた朝食をささっと食べ、車に乗り込んだ。午前中はボダナートで撮影をする。

 ルクラから上のヒマラヤ・クンブー地域は、チベット仏教の土地。
 ネパール自体はヒンドゥー教徒が多いが、今回カトマンズで撮影する場所は、チベット仏教関連の施設にしぼった。ボダナートを訪ねたのも、チベット仏教の聖地の一つだからである。

 朝のボダナートは、各地からやってきた巡礼客で賑わっていた。巨大なストゥーパのまわりには、マニ車が無数に設置されていて、それを回しながら巡礼者たちが時計回りに歩いている。

 西洋人の姿はごく少数で、ほとんどが地元の人々やチベット文化圏からやってきた人たちばかりだった。顔立ちも日本の人々と似ているので、なんだか落ち着く。

 盲目の人々が列をなして、喜捨を待っている。片足のない男や、下半身のない男が手を差し出している。無数の蝋燭の火が揺らめいている。お香の煙が舞う。犬が四肢を伸ばして気持ちよさそうに寝ている。赤い袈裟を着た坊さんがゆっくりと歩いている。五体投地をしながら牛歩で進む女性がいる。

 そうした群衆のなかにまぎれて、ぼくもストゥーパのまわりを歩いた。
 ここでは歩くことが、祈りそのものである。歩き続けることは、祈り続けることである。旅の原型が巡礼にあるとすれば、ボダナートのストゥーパのまわりを歩行するという身ぶりは、きわめて原初的な旅の形態をなぞっているということになるだろう。

 エベレストへの旅のはじまりに、ボダナートを選んでよかった。
 苦しくなったら、この無心の歩みを思い出せばいい。祈りの先にあるのは、登山の成功などではなく、その瞬間を生きることなのだ。

 ボダナートの近くにある売店のような場所で、iPhone用のSIMカードを購入した。購入にはパスポートとビザのコピーが必要とのことだった が、停電でコピー屋が閉まっていたので「コピーができない」と言うと、パスポートも見ずにSIMカードを売ってくれた。こんなんで本当に大丈夫だろうか。

 ボダナートのレストランで、昼食にダルバートを食べた。ごはんをおかわりする。

 その後、タメルに戻って、登山用品店をひやかしながらダルバール広場へと散歩した。相変わらずの人混みをかき分けて歩く。途中にあった乾物屋で岩のままの岩塩を買った。硫黄のにおいがする。お守り代わりにしよう。

 ダルバール広場のクマリの館が見える塔の上でテレビの取材を受けていると、あたりが騒然としはじめた。何事かと思ったら、クマリの館から、人々にかつがれた生き神クマリが出てくるところだった。クマリは初潮を迎える前の少女で、滅多にその姿を現すことはない。旅行者がお布施をすると窓から顔を出してくれるくらいで、その全身を見られるのは一年に一度の祭りのときくらいだと聞いている。そのクマリが、館から出てきたのだ。

 テレビの取材そっちのけで、カメラをもってクマリのもとに走り寄り、何枚か写真を撮った。クマリのまわりはすでに群衆が取り囲んでいて、警察官の護衛もいる。そのあいだをかきわけて、クマリの正面に立ち、何度かシャッターを切った。

 今日は満月で、何かの祝日と重なったらしい。クマリが見られるとは、幸先がいい。

 ルクラから雇うポーターをフィックスするために、サンタさんのところに行き、手紙を書いてもらった。これをルクラで見せれば、なんとかなるだろう。今年からポーターの賃金も高くなり、なかには金だけもらって途中で逃げ出すポーターもいるらしいので、なるべく信頼できる真面目な人に荷物をかついでもらいたいものだ。

 夜はチベタンレストラン「ウッツェ」で、ギャコク鍋を食べ、きびが原料のトンバという酒を飲んだ。美味。

 23時頃就寝。シャワーはぬるま湯どころか水しか出ない。