ブロードピーク・サミットプッシュ最後。

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7月28日
C3→上部→C3→BC

 深夜12時30分起床。ガスストーブの火をつける。昨晩、鍋の中に雪をぶちこんでおいたので、それを火にかける。40分くらいかけてようやくお湯が沸騰し、それでおしるこを食べる。

 午前2時頃、テントを出て、いよいよ頂上へ。ヘッドランプのあかりを頼りに上のコルを目指す。雪が降っており、どんどん勢いが激しくなっていく。この先はトレースもなく、シェルパもメンバーも行ったことのない場所だ。にも関わらず、真っ暗闇の中の横殴りのスノーシャワーで、ホワイトアウト寸前。しかも、斜面は膝までの雪で、スピードがまったくあがらない。さらに突然クレバスがでてきたこともあって、先頭を歩いていたシェルパ、ウルケンの足が止まった。

 無線でラッセルと連絡を取りつつ、もう引き返さざるをえない、と決断するしかなかった。(やっぱり天気はよくならなかったか……)。これで撤退、ブロードピークも終了。誰もがそう思った。C3のテントに戻り、アイゼンを靴から外し、ハーネスを脱ぎ、また寝袋に入った。

 寝てるのか起きてるのかわからない夢のような状態が続き、朝5時ごろ、無線からラッセルの声が聞こえた。テントの外を見ると、快晴。K2が見える。ぼくたちは、もう一度プッシュに出ることにした。

 が、最終キャンプからプッシュに出る、ただそれだけのことにどれだけ労力を使うか、体験したことのない人にはきっとわかってもらえないだろう……。ともかく再びハーネスを付け、アイゼンを履き、もろもろ装備を確かめて、ぼくたちは二度目のプッシュに出た。

 すでに明るくなっているので、ヘッドランプはいらない。深夜の一度目のプッシュのときに作ったトレースは雪に埋もれていた。もう一度、同じ斜面を登り始める。雪が深い。コルに近づくにつれて斜度が増し、足が雪に埋もれる。

 ウルケン、ナワン、ニック、石川で先頭を交互に行っていたのだが、どうにも雪が深すぎる。20センチくらいの新雪があり、その奥がすかすかの砂糖のような雪の層になっていて、ロープを固定しようにも、スノーバーもスクリューもまったく効かない。そんな雪だから、スピードが上がるどころか、遅々として進まない。

 メンバー8人、シェルパ8人、パキスタンハイポーター数名の20人近い人数がこの斜面を行けば雪崩る可能性は格段に高くなる。いろいろ逡巡した末に、ぼくたちは引き返すことにした。二度目のプッシュも失敗に終わった……。

 人数を絞れば行けたかもしれない。そんな小さな後悔が自分にはある。あのとき、自分とナワンとウルケンとプラ、そしてニックの5人だけでも残って、無理して上がっていけば、行けたかもしれない。なんで行かなかったのだろう、とも思う。かくして、ブロードピークも終了した。最終標高は7500メートルくらいか。

 C3でテントを畳んで一気にBCまで戻ったわけだが、燃え尽きた。C1から下の斜面が凍っているにも関わらず、ロープに余裕がなくて懸垂下降ができず、下りにえらく苦労した。

 BCに着く頃には、ゾンビのようになっていた。モレーン上にはいくつもの川ができていて、途中で何度も川の水を飲もうかと考えた。が、飲まなかった。BCに到着後、この日のために10ドルもの大金をはたいて購入したマウンテンデュー1リットルを飲み干した。塩辛いものが食べたくて、ふりかけをそのまま口に入れて食べた。

 ぼくたちが今季のブロードピーク最後の隊となった。今季、K2にもブロードピークにも複数の隊が来ていたが、ただの一人も登頂者が出なかった。そんな年もある。

 今回もまた身体を極限まで使って、自分の生涯に残る登山ができたと思う。今夏のK2とブローピークのことを、今後、ぼくは何度も振り返ることになるだろう。ブロードピークはともかく、K2は自分が生きているあいだに、必ず登る。絶対に登る。

 遠征は終了に向かうが、ネパールのように数日で帰国、というわけにはいかない。ポーターを手配し、コンコルディア、ウルドゥカス、パイユ、アスコーレと歩き、アスコーレからスカルドまで車で行き、飛行機に乗れれば空路でイスラマバードまで帰る。モンスーンが来てしまったので、スカルドーイスラマバードの飛行機は欠航になっているらしい。スカルドからイスラマバードまで、車で二日かかる。合計するとここBCからイスラマバードまで、10日以上はかかる計算だ。BCを出るのは8月1日前後を予定している。

 旅はまだ終わらない。

*写真は、C3(最終キャンプ)から、一度目のプッシュに出たところ。横殴りの雪+暗闇。