『還暦のエベレスト』宮原 巍 

  • 『還暦のエベレスト』
  • 宮原 巍
  • 山と渓谷社


そういえば私だってそんな時期があったのだ。二十年前、ホテル・エベレスト・ビュー建設中にナムチェ・バザールからカトマンズまで毎日一五、六時間歩き、標高差にして一日二二〇〇~二三〇〇メートルを登っては下って五日でカトマンズに着いたこともあった。ホテル・エベレスト・ビューにいるとき、ときどき急報を受け、夜通し歩いて遭難者救助に向かったこともあった。そんなとき、その
仲間たちから「君はヒマラヤン・ジャッカルのようだ」と言われたこともあった。たまにそんな話をするのだが、誰も信じようとしない。

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いまエベレストビューホテルの屋上でこれを書いている。トレッキングシーズンに突入した現在、エベレストビューホテルは常時、たくさんの観光客が訪れている。いやはやよくこんな場所にホテルを建てたものだ。これから特製親子丼を食べる予定だ。



「ドクター・マッキンノン、このあたりに外国人がとまれるようなホテルをつくり、エベレストを見せてあげたらどうだろう」
 と私は言った。彼はかまりにも性急な私の話の進め方に少し戸惑いながらも、
「悪くないアイディアかもしれないね」
 と相槌を打った。そしてさらに彼は付け加えた。
「もし君さえよければ格好な場所が場所があるので、そこへ案内しよう」
 願ってもないことだ。


シャンボチェの丘にホテルエベレストビューを建てた宮原さんの『ヒマラヤの灯』も最高に面白い。上記の発言は、クムジュン村における、若き宮原さんとマッキンノン医師との会話である。いまぼくはペリチェにいて、クムジュンあたりに比べると、急に風景が荒々しくなった。クムジュンやナムチェあたりでのんびりとした時間を過ごすのが、二ヶ月後だと思うと、少々寂しい。