『そして謎は残った―伝説の登山家マロリー発見記』ヨッヘン・ヘムレブ、エリック・R・サイモンス、ラリー・A・ジョンソン 

  • 『そして謎は残った―伝説の登山家マロリー発見記』
  • ヨッヘン・ヘムレブ、エリック・R・サイモンス、ラリー・A・ジョンソン(著)/海津正彦、高津幸枝(訳)
  • 文藝春秋


氷を取り除きながら、クライマーたちは不思議な気がしていた——マロリーは地球の最高点を到達しようと試みている最中にしては、ずいぶん薄着なのだ。
「そこにいる私たちは、ダウン・スーツを着込んでいる。ふっくら厚くて、腰に回したクライミング・ハーネスが見えないくらいだ」と、ハーンは説明する。「私たちはザックのなかに、食料と、水と、エレクトロニクス機器、予備のミトンをもっているが、この、目のまえの男が着ているものは、ぜんぶ合わせても、たぶんフリース・ジャケット二枚分ぐらいだろう。何たること!
 私はシアトルの通りへ出ていくときでも、この男がエヴェレストの八〇〇〇メートルにいるときより、もっと着込んでいる! 彼らが頑丈なクライマーだったことは明白だが、これでは、何か見込み違いが起きたときに許される余地はない。わずかな余地もない」

P203 12行目~

今年はヒラリーがエベレストに登頂してから60周年である。ということは、マロリーがエベレストに挑んで以来、何年ということになるのだろう。当時に比べると、今は装備や道具が随分進歩して、無駄がなくなった。ヒマラヤの麓で電子書籍なんかを皆が読み出すような時代がくるのを、マロリーの時代に想像した者などいなかったはずだ。



この体は——この人は——かつて、人類の輝かしい一典型だった。
「私たちは、ただ単にその遺体を見ていたわけではない」と、デイヴ・ハーンは解説する。「一つの時代を見ていた、書物を通してしか知ることのできない時代を。天然繊維の衣服、毛皮で裏打ちした皮革のヘルメット、体に巻きつけているロープの種類、そういったものすべてが、時代を雄弁に物語っていた。私たちが立ちつくしているあいだ、この無言の、それでいて不思議なくらい穏やかな肉体は、人々が四分の三世紀にわたって抱きつづけてきたさまざまな疑問に対する回答を、いろいろな形で伝えていた——ロープを付けていたという事実、両手とも手先から前腕にかけて、体のほかの部分よりずっと黒ずんでいるという事実、骨折した片足の状態や程度と、折れていない箇所、この人の最後のいっときの様子、そして、酸素器具がないという事実」


このマロリーの遺体を発見したのが、コンラッド・アンカーだった。コンラッドは、今年、西陵からエベレスト登頂を目指し、ぼくたちHIMEX隊の隣にベースキャンプを作っている。それにしても、マロリーについて、知れば知るほど、尊敬の念がわき上がる。このような装備で、頂上近くまで達していた彼の不屈の精神は、想像にあまりある。