• 20090430

    石川直樹連続トークセッションvol.2 その2

 
3月20日にジュンク堂新宿店で行われた、
石川直樹連続トークセッションvol.2。
ここでは全5回にわたってその模様を掲載していきます。

 
 

第2回 人生のホストでありたい

 
 


お二人の話題は写真集『Mt.Fuji』へ。
写真の中で向って左側、写真集を手にしているのが服部さんです。

 
服部:石川くんは一体どういう気持ちで、この写真集『Mt.Fuji』を作ったの?
 
石川:まあ富士山っていうと、三角形のでっかい山の形が浮かんでくるじゃないですか。そういったいわゆる山岳写真みたいなものは、普段よく目にしているわけですが、そうじゃなくて、実際に登山をしながら下から上を見上げたり、空撮して上から下を見下ろしてみたり、いろんな角度から自分との関係のなかで富士山をとらえてみたかったんです。さらに、周辺で行われている祭りや儀礼などの様子も加えながら、富士山というものにつきまとう既成の概念や見なれてしまったイメージを一つずつひっぺがしていこうと思ったんですよね。
 

上空から見下ろしたり(写真は写真集『Mt.Fuji』より)
 

接近してみたり(写真は写真集『Mt.Fuji』より)
 

そして石川さんは、富士山周辺の町で行われる祭事の様子も捉えています。(写真は写真集『Mt.Fuji』より)
 
服部:富士山の登山の歴史は調べてみたりしたの?
 
石川:修験道とか富士講なんかについては、かなり調べました。
*富士講:富士山とそこに住まう神への信仰を行うための集団。
 
服部:僕はよく知らないんだけど、当たり前のように登られるようになったのはどのくらいなの? 江戸時代ぐらいから?
 
石川:江戸時代には既に登られています。登山者を描いた絵巻物みたいなものもあって。最初はやっぱり修行というか巡礼が目的ですよね。もちろん当時登る時期は夏に限定されていたと思うんですが、僕は真冬の富士山に誰が最初に登ったのかっていうこともちょっと気になっています。だってアイゼンがないと登れないじゃないですか。
*アイゼン:登山靴の底につける鉄の爪のことです。
 
服部:でもアイゼンはかなり昔、おそらく江戸の後期にはあった気がするけど。
 
石川:鉄を加工して、自分たちで作っていたってことですか?
 
服部:そうそうそう。
 
石川:数ある山のなかにはアイゼンがないと絶対登れない場所っていうのがありますよね。服部さんは、『サバイバル!』にも書かれていましたが、ミニマムな装備、つまりできる限り裸に近い装備でどこまでできるかを試すべく、登山道も使わず、まずは沢の谷筋に入っていくというスタイルの登山をされています。ただ、人は裸で山に入れるわけではなくて、例えばアイゼンなんかは必要不可欠なものですよね。服部さんの本を読むと、本当に必要なものとそうじゃないものの線引きについて考えさせられたり、一方でアイゼンさえも使用しなかった場合、冬期登攀の限界はどこにあるんだろうとか、そういったいろいろな思いが渦巻いていきました。そのあたりを追求している人ってあまりいないですよね。人間としての身体能力を最大限発揮できる、最低限の装備ってなんなのか、と。
 
服部:いないね。僕の登山は、原始人みたいになりたいっていうんじゃなくて、自分が山に近づくために、いらない物を外していくっていう方向性を追求してるものなんです。だから、装備を全部外せばいいってものでもないんです。本当に全部装備を外そうと思ったら、登山はすごく難しくなる。ただ山の中に留まって、たき火を熾すっていうだけなら、パンツ一丁でもなんとかなると思うんだけど。
 
石川:そこにはアスリート的な感覚もあるんですか?
 
服部:あります。登山はなんだかんだ言っても肉体表現なんです。そこは誤魔化してはいけないと思っています。まあ、スポーツっていうと、日本語ではお遊戯みたいなイメージもあるけど、文化的な意味でスポーツとしての意味あいを、自分の登山に組み入れようとしてはいます。なかなか伝わらない部分もありますが。
 
石川:昔のように身の回りにある物を利用して様々な装備を作っていた時代のサバイバルと、現代におけるサバイバルっていうのは意味も質も違いますよね。
 
服部:そうだね。でもやっぱり自分で装備を作り出すとか、自分で何か重要なものを見つけ出すっていうのを、僕はかっこいいって思ってるんだよね。それはできるかぎりしたいと思ってるんだけど、それで登山ができできなくなるんだとすると、僕の中ではそれは矛盾していくというか…。
自分でもかなり迷ってますし、まだまだ過渡期だなあと思ってるんだけど。
僕は銃猟(鉄砲での狩猟)もやってるんですが、それで人間と獣の同じ部分と違う部分をすごく意識するようになった。どう足掻いても我々には毛皮も蹄もないんだよね。
 
石川:服部さんは結構主観的に自分の基準をがっちり作るじゃないですか。自分が実践している登山において何がフェアプレイなのかを真摯に考えて、あるルールを作る。ただ、僕は自然と人間の関係において“フェア(=公平)”っていうのは、突き詰めていくと本当は一体なんなのかわからなくなることもあるんです。服部さんはそういったいわば自分の哲学みたいなものを体験として導き出しているところがすごいなと思います。
 
服部:僕ね、自分じゃない人間を取材してものを書くっていうのが、あんまり好きじゃないんだよね。それより、自分が体験して、自分という存在を深めたいっていう気持ちが強くて、その延長で山登りもしてるし、文字表現もしてるんです。石川くんは「POLE TO POLE」の本で、自分の体験を他の人に伝えたいって書いていたよね。
*POLE TO POLE:2000年に行われた、人力のみで北極から南極まで縦断するプロジェクト。石川さんも参加していました。
 
石川:まだ若かりし頃は、自分の経験を伝えたいと思っていたんですけど、写真をちゃんとやり始めるようになって、文章とかもきちんと書いて行くことになると、考え方が変ってきました。
伝えたいっていうのは具体的な、強烈なメッセージがあるってことなんだと思うんですけど、そうではないんですよね。
自分の中から湧き出てきたものとか、凄かったんだぞっていうような事をそのまま書いて、そのことによって何か伝わるものがあれば嬉しいし、そのことに何も感じない人がいてもいいんじゃないかって、今は思っています。
もしかしたらそうした考えはあまり良いことではないのかもしれないし、その辺はまだちょっといろいろ考える所ですね。
 
服部:僕も今そのことばかりを考えています。
というのも、僕の文字表現が登山に頼ってるんだとしたら、登山がシフトダウンするとともに、文字表現もシフトダウンするんじゃないかという恐怖を感じているからです。僕には子どもが3人いまして、死にたくないなという思いがかなり強くなってきているんです。
25、6の時は、かっこわるいオヤジになるくらいだったら、山で死んだ方がいいって本気で思って、けっこう過激に登っていたから、感じることや考えることも過激でした。
 
石川:僕は服部さんの登山が今後どうなっていくのか楽しみですけどね。
このあいだ新聞で、ゲストでいることに安住しちゃいけないっていうようなことを書いてましたよね。
 
服部:自分の人生のゲストでいない。人生のホストでありたい。
 
石川:そこはすごく共感します。そういった気概は服部さんぽいなと思います。
 
服部:まあでも、自己矛盾の部分がかなりあるのもわかっていて、鉄砲一つがフェアじゃないですから、それで猟してるんなら、おまえサバイバルもなにもないじゃないかっていわれるとその通りなんです。そのへんは自分では意識してやっているつもりなんだけど、意識した先にいったい何があるのか、っていうのは実際のところ見えておりません。
ただ、いろいろ考えて、自分の最終目標っていうか、あなたは何の目的で生きているんですか? と自分で自分に質問した時に、やっぱり俺は深い人間になりたい、かっこよくなりたい、そういう欲求があるんじゃないかと、今のところ結論を出しています。そのためにどうするかっていうと、いろいろ悩んでもしょうがなくて、その時一番自分が興味があるものを思いっきりやってみるしかないのかなあ、と。最終的には一番最初の、登山を始めた頃に戻っちゃうんだけど、でも、まあ、それくらいかなあ。そしたらまた、何か見えてくるかなあという感じですね。
 
 
 
うーん。登山という行為一つにも、これだけ深い思想が交錯していることに考えさせられました。
次回は雰囲気がガラっと変わって、服部さんのサバイバル登山における食生活のお話です。お楽しみに!
続きます。
 


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