• 20090812

    石川直樹連続トークセッションvol.3 その1

 
5月15日にジュンク堂書店新宿店で行われた、石川直樹連続トークセッションvol.3。
今回から全4回にわたってその模様を掲載していきます。

 
いよいよ今年も夏の登山シーズン最盛期を迎える富士山。
このトークセッションを通じて、皆さんの「登る山としての富士山」への興味が深まれば、と思います。
 
今回のゲストは文筆家・大竹昭子さんです。
大竹さんは、『眼の狩人』『この写真がすごい2008』(写真集『POLAR』から選ばれた石川さんの写真も掲載)など写真に纏わる著作も多く、季刊「真夜中」に寄せる “眼のエイリアンズ――90年代写真家の鼓動”も人気連載となっています。
そんな大竹さんをゲストにお迎えしたトークセッションは、自然と写真集『Mt.Fuji』の写真についての話からスタートしました。
 
 
 

第1回 「写真に写る、人、世界との距離感」

 
大竹:この夕景が写っているの……。
 
石川:ああ、山の中腹から撮っているやつですよね。
 
大竹:この写真、私はすごく好きな写真なんです。こういう風に夕方の、なんていうか、人の営みの懐かしさっていうのかな。石川さんの写真には、人に対する距離感があるのよね。
 
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大竹さんも好きだと言う富士山中腹から望むふもとの夕景。(写真集『Mt.Fuji』より)
 
大竹:石川さんは写真集『Mt.Fuji』のあとがきでも、「富士山は飽きない」って言っている。飽きない理由は、富士山にはいろんな登山者がいて、登山者の多様さにおいてはほかの山と比較にならないから、ということを言ってるんだけど、でも、その「いろんな登山者」がいっさいこの写真集には出てこないじゃない。(笑)
 
石川:そうですね。
 
大竹:それはどうして?
 
石川:人がいないのではなくて僕がここにいる、っていう写真集なんです。風景としての山というよりは、僕と山との関係で撮っている。だから、いろんな登山者が富士山にいるということは、あえて(写真で)説明しようとは考えていなくて。でも、よく前半にはいくつか人が写っている写真も入っていますよ。
 
大竹:一番人が多い登山道は撮ってないんですよね。
 
石川:撮影してないってことはないんですが、写真集の中には入っていないですね。3つ主要な登山道があって、僕はいつも須走口という一番人気のない、人があまりいない登山道からばかり登っていました。富士山ガイドブックではないですから、やっぱり自分が好んで登っているルートを入れないとしょうがないかな、と思ったんです。
 
大竹:あらためて、石川さんの写真と人間との関係っていうのかな、それを思ったんですね、今回。人を撮る、ということについてはどう思っているのかしら?
 
石川:好きな人は撮りたい、でも特に好きでもない人は撮ろうと思わないです。当たり前のことですけれど。だから興味が湧かない人物を撮影する仕事なんかははじめから受けないんです。ポートレートではなく、写真集の中にも出てくるような人が小さく写っている写真なんかは、風景の一部として撮っている感じです。
 
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石川さんは、そこにいる人も「風景の一部」として捉え、写し撮っていく。(写真集『Mt.Fuji』より)
 
大竹:これまでの写真集をあらためて見ても、わりと小さく、風景になっていることが多いですね。
 
石川:そうですね。
 
大竹:何か行為をしていたり、その行為自体に関心があるんだろうなと感じさせる写真が多い。だからやっぱり、石川さんは風景の中に人がいることの意味を理解しようとして、そのための手がかりとしての写真を撮るのかな、と感じたんです。
 
石川:世界と人間との関係は自分の根源的な興味の一つですね。人はいつでも世界と共にありますから。
 
大竹:今回、そのことを改めて思いましたね。
生身の石川さんには、俗っぽい面だってあると思うんだけど、写真にはもう少し引いたところに立って、人間界と自然界を同じくらいの距離感で見ている姿勢がありますよね。
なにか理解する手がかりとしての写真、そんな感じがする。
 
石川:写真というかカメラを使って、世界に触れていき、どうにか自分のなかに受け入れていきたいという感覚はありますね。
 
大竹:それともう一つ、さっき気が付いたんだけど、石川さんのこれまで写真集は全部海外のものだったけど、これは(写真集『Mt.Fuji』は)初めて日本を対象としていますね。
 
石川:そうなんです。
 
大竹:これ、意外だな。石川さんはずっと山を撮ってきているし、登山家としての名もあるし、富士山だと、山のつながりというところでスーッと理解できる感じなんですけど、でも、やはりこれまで海外に視線を向けていた石川さんが、日本を撮っているということに大きな意味があるんじゃないかな。
 
石川:うーん。そうですね。
 
大竹:日本を撮っている、という意識はないかもしれないけど、自分の足元を撮っているということですもんね。
 
石川:「日本は撮らないの?」という質問をよくされるんですが、結構撮っているんですよ。『VERNACULAR』にも『NEW DIMENSION』にも日本の地域が収録されている。富士山なんかはまさに日本で撮っているわけですが、誰も「日本で撮ったんだね」と言ってくれない(笑)。大竹さんが指摘してくれて、ちょっと新鮮でした。
確かにこれは僕の作品のなかでは唯一全編を日本で撮った写真集ですけれど、僕にとっては、日本も海外もあんまり境界がないんです。国内だからどう、海外だからどう、っていうのが全然ない。とにかくいいと思ったもの、身体が反応したものをそのまま撮っているだけで、ホームとアウェーの区別もなくて。
 
大竹:それは石川さんの大きな特徴でもあるわよね。
 
石川:旅と日常との区別もないんです。よく旅が非日常で、いまいるここが日常だ、なんていいますけれど、そういう感覚がまずない。石川の日本の写真が見てみたいなあ、なんていう評論家の方もいるんですけれど、なんだかトンチンカンな感想に思えてしまうんです。僕にとって(旅は)日常の延長でしかない。自分自身はどこにいったって変わらないし、いいと思ったものを撮っているだけなんですから。
 
大竹:前に、月刊「プレイボーイ」で大竹伸朗さん(現代美術家)と対談したとき、大竹伸朗さんが石川さんの登場にすごく驚いたと言ってましたよね。下駄履きでどこでも行っちゃう人だって……。下駄では山に登らないとしても、そういう感覚で世界を旅する人が現れたのにびっくりしたって。それは確かに石川さんたちの世代感覚だと思うんです。
 
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写真集『Mt.Fuji』の写真を起点に、石川さんの人や世界に対する距離感、感覚を、大竹さんがぐいぐい引き出した、まさに写真を読み解くトークセッションでした。
 
 
次回「vol.3 その2」では、“山”が持つ意味や、富士山の特異性など、興味深い方向へ話が進みます。
続きをお楽しみに。
 


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