• 20090903

    石川直樹連続トークセッションvol.3 その3

 
5月15日にジュンク堂書店新宿店で行われた、文筆家・大竹昭子さんをゲストに迎えての石川直樹連続トークセッションvol.3。

 
今回のトークセッションの目玉でもあった“朗読”の模様をお伝えします。
 
 
 

第3回 「石川さんの意外な? 一面も……」

 
大竹:今日は、私は石川さんの写真集『Mt.Fuji』のあとがきを、石川さんは私の『随時見学可』を読むっていう嗜好ですよね。
 
石川:大竹さんは、“カタリココ”っていう朗読イベントを随分と長いあいだされていますからね。
 
大竹:トークもいいけど、石川さんの書いた文章を私が読み上げることで、いまこうして石川さんがお話してきたことを、皆さんがもう一度、能動的に読み取れる思うんですよ。朗読にはそういう効果があるので、皆さんちょっと体験してみてください。
 
(大竹さんの朗読スタート)
 
山へ
 
 武田百合子の『富士日記』が好きで、暇を見つけると何度も読み返している。夫である武田泰淳と富士山麓の山小屋で暮らした13年間の日々が淡々と記されているだけなのだが、一度読み出すとなかなかやめられない。
 日記の中に「富士登山が本当にいいのは、9月10日過ぎである」という記述がある。これは近所に住む知人の言葉を百合子が書き留めたもので、山麓で生まれ育った土地の人が言うだけに信頼に足る。実際、僕自身もその時期に何度か富士山に登っているが、山小屋の多くは閉まっているものの、登山客も少なく、静かな山歩きを楽しむには最適の季節であるといえる。
2008年9月23日、最後の撮影を兼ねて友人と富士山に登った。1月に登頂して以来、今年二度目の富士登山である。無雪期に登るとき、ほとんどの場合僕は須走口を利用する。御殿場駅から近いので関東方面からのアクセスが良く、何より他の主要な登山道に比べると人が少ないのがいい。今回も夜中に須走口から登り始め、初日は誰一人登山客には出会わなかった。夜、7合目付近の見晴らしのいい場所に三脚を立てて、星々と雲海の狭間に浮かぶ円い月を見ながら何度か深呼吸をしていると、急に涙が出そうになった。彼方の岸辺に吸い込まれそうになるのを、僕はカメラのシャッターに人差し指をかけながらぐっとこらえていた。
 
海外の山へ盛んに出かけていた大学時代、19歳で初めて冬の富士山に登って以来、登頂した回数はこれまでに20回を超える。アラスカにある北米大陸最高峰、デナリという山へ向かう遠征前のトレーニングとして登ったのが、自分と富士山とのつきあいのはじまりだった。冬の富士山に登ることは海外の6000メートル以上の山に初めて向かうにあたり、自らに課した最低限のハードルの一つだった。
夏は数多くの行楽客を集める日本の最高峰だが、厳冬期と呼ばれる1月から2月は、麓にいたるまでほとんど人の気配もなく、他のどの季節よりも野生に満ち溢れた相貌を帯びる。山肌は雪に覆われ、吹きすさぶ風と滑らかな氷が行く手を阻み、訓練を積んだ登山家でさえ登攀を躊躇するほどだ。
一部の登山家や大学の山岳部などが冬の富士山で時々トレーニングをおこなっている。日本の山では唯一標高が4000メートル近くあって、厳しい気象条件を十分に経験することができ、しかも遠征に向けて身体を高所に慣らしていけるからだ。あのとき僕が冬の富士山に登ったのも、登頂を目指すというよりは、デナリ登山に向けてピッケルを使った滑落停止やアイゼンワークなどを習得することが目的だった。
 当時は呼吸法などもわからなかったので、ただただ体力にまかせてがむしゃらに登った。なんとか頂上に到達したもののへとへとになって、帰りは足下がおぼつかなかったのをよく覚えている。
冬に登ったのはそれっきりだったが、夏や秋になると毎年のように自然と富士山に足が向かった。あんな単調な山になぜ、と思う方もいるかもしれないが、山道は単調でも、この山は登るたびに新しい表情を見せてくれる。
例えば、すれ違う登山者の多様さは他の山に類を見ない。Tシャツとスニーカーで登りにきてしまう若者をはじめ、仕事帰りのサラリーマンのような格好で闇雲に歩き続ける男性、杖を突いたハチマキ姿の外国人、家族と登るペットの犬までいるかと思えば、訓練として黙々と登る自衛隊の屈強な青年たちや山岳耐久レースさながらに走って登るトレイルランナーもいる。
登山者だけではない。山小屋の数も多く、それぞれの小屋に個性があるので、泊まる小屋を変えていけば飽きないし、お気に入りの小屋を見つけるという楽しみもある。季節や天候の変化、山小屋や山道で出会う登山者たちの人間模様を含め、登るたびに未知の世界を見せてくれる富士山は、何よりも自分自身における登山の原点であり、帰ってくる場所でもある。「富士山は眺める山であって、登る山ではない」などとよく言われるが、僕にとって富士山はまぎれもなく登るための山なのだ。
広重や北斎の浮世絵などを通して、あるいは観光写真や絵はがきなどによって、日本の象徴的なイメージとして古くから国内外に知られてきた富士山だが、そうしたあらかじめ刷り込まれてしまったイメージ群から離れ、自分の出発点である“登る山”としての富士山をとらえてみたい、それが撮影をはじめた理由だった。
 

写真集『Mt.Fuji』のあとがきを朗読する大竹さん。
 

石川さんが書く「星々と雲海の狭間に浮かぶ円い月を見ながら何度か深呼吸をしていると、急に涙が出そうになった」というのは、このような景色だったのか。(写真集『Mt.Fuji』より)
 
大竹:で、この後、12年ぶりに厳冬期に登ったことや、さっき話した火祭りの話へ続いていくんですよね。
 
石川:はい。そうです。
 
大竹:これを読むと、「うーん、そうか」と腑に落ちることがいっぱいありました。
 
石川:続きは写真集を買って読んでいただけるとありがたいです。
 
大竹:そうですね、写真集の最後にこの文章が、ガバッと3ページ分折込みになっています。
 
石川:僕はこれだけの人の前で朗読するのは、ほぼ初めての経験なんですけど。えーと……。
 
大竹:国語の時間以来はじめてとか?
 
石川:あー、でも僕、国語の時間に朗読褒められたことある。
 
大竹:ほんと!
 
たくさんの取材を受け、トークショーへの出演も多い石川さん。人前での朗読の経験があまりない、というのは少し意外ですね。石川さんの朗読の模様については、次回「vol.3 その4」でお伝えします。
 
今回、大竹さんが朗読された、写真集『Mt.Fuji』のあとがき“山へ”。ぜひ皆さんも声に出して読んでみてください。きっと黙読とはひと味もふた味も違う印象を受けることと思います。
 
続きをお楽しみに。
 


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