• 20090928

    石川直樹連続トークセッションvol.3 その4

 
5月15日にジュンク堂書店新宿店で行われた、文筆家・大竹昭子さんをゲストに迎えての石川直樹連続トークセッションvol.3。

 
引き続き、今回のトークセッションの目玉でもあった“朗読”の模様をお伝えします。
お二人から、本、とくに写真集の読み方の提案も……。
 
 
 

第4回 「写真集は順番に……」

 
石川:『随時見学可』というのは、大竹昭子さんの小説集で、2~3の短編が入ってるんですけど、表題作に「随時見学可」という短編があって。その最初のページを読もうかなと思ってます。
 
(石川さんの朗読スタート)
 
「随時見学可」
 
 その建物を見つけたのは木曜日の午後、取引先との打ち合わせを終えたあとだった。
 いつもは用事がすめば伝書バトのように会社にもどるのに、長かった連休が終わったばかりで、少しはゆっくりしてもいいようなくつろいだ気分になっていた。
 一駅先の地下鉄駅まで歩こうと思い立ち、初夏のような明るい陽射しのなかを歩き出した。レストランの入口に並んでいるワインのボトルや、ケーキ屋のショーケースに見入っている人を横目で眺めたりしているうちに、あたりはマンションばかりになり裏道に入った。都心とは思えないほど物静かな一角で、方向さえまちがわなければこっちのほうが歩くのに楽しそうだ。
 趣味はなにと訊かれたら散歩と答えるだろう。ほかに趣味らしいものがないというのもあるけれど、あみだ籤を引くようにあの道、この道をさまよい歩くとき、体の奥から突き上げてくるような歓びを感じる。じつに安上がりな娯楽である。
 どの道を行くかは勘で決めるが、ここがよさそうだと入っていくと、思ったとおり昭和の香りがたっぷり漂う家が建っていたりする。立ち止まってその家の中心になる部屋はどこかを考え、窓から入る陽射しの具合を想像する。明るすぎない使い込まれた空間がまぶたに浮かんで、ダイニングテーブルと、その上に下がっているペンダントライトが像を結ぶ。もちろん蛍光灯ではなくて白熱光だ。テーブルには飲みさしのコーヒーカップがひとつ、それとリンゴの入った大きな鉢がある。そのうしろはキッチンで、カウンターに空のミネラルウォーターのボトルがぽつんと立っている。シンクには水ですすいだ白い皿が二枚、ガス台にはステンレスの笛吹ケトル。シンクの横には大型冷蔵庫が直立不動で立っていて、扉を開けるたびにマグネットで押さえたメモがいっせいにひるがえる。
 
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『随時見学可』を朗読する石川さん。
 
石川:……そういう風に続いていくんです。路地に入っていく主人公、これ、男の人ですけど。
 
大竹:はい。
私は、空間から物語が動いていくことが多いんです。普通、小説を書く人はそういうやり方はしないかもしれないけど、私はこれまでいろんなものについて書いてきたから、それの影響で、普通の小説の書き方とは違うかもしれないですね。
自分にとっては、写真を撮ることと、物語を書くことはすごく似てます。
何かを見てると、妄想が起きてきて、そこから話が動きだす。なんかこう、旅みたいな感じではじまるんですね。町の中を散歩するのも旅ですから、ちょっと日常とはちがう時空に見を置いたときに、フィクショナルな世界に進入していくんです。意識の状態さえ整えば、新宿の街を歩いていても旅はできるから、そんなときに、エアポケットのように物語が潜んでいる場所に遭遇するんです。
 
石川:この短編も不思議な方に向かって行きますよね。
 
大竹:だんだん非現実的な方向に入っていくんですけど、みなさんにひとつお願いがあって、この本を読むときには頭から読んでください。表題作の「随時見学可」から読み始める人がいるんですよ。
 
石川:代表作だと思うから。
 
大竹:普通の現実的な話から、だんだんシュールな方向に入っていく、っていう風に作品が並んでいるので、最初から表題作を読むと、ちょっと混乱しません?
 
石川:どんな事になっちゃうんだろうと思いますね。
 
大竹:それもいいですけど、日常が崩れていく感覚を味わうには、頭から読んでいくと効果があります(笑)。
 
石川:順番があるんですよね。
 
大竹:そう、写真集と同じです。
 
石川:写真集も後ろから見る人とかがたまにいるんですよー。
 
大竹:せっかく考えたのに、って思うでしょ。
 
石川:順番、すごい真剣に考えてるのに、後ろからめくったり。
 
大竹:好きな写真のとこだけ、こうばぁーっとやったりね。
 
石川:展覧会を導線とは反対に見たりとか・・・。もうやめてくれーと思う。
 
大竹:あんなに苦労したのに水の泡!
 
石川:そうそうそう。みんなそこをすごく考えて本を作ってるし、展覧会の構成をしているのに、って……。まあいいですけどね。
 
大竹:どう読むかは読者の自由ですけど、もし作者の意図を知りたいと思えば、やはり頭から順番に繰っていくのが基本です。それでもわからなかったときは、作家が無頓着に作っている可能性がありますね。
意図が感じ取れなかったとしたら、その作家に問題があると考えてもよろしい。
 
石川:読み方次第で一冊の本がもっと面白くなる。
意図がないっていう意図もあるかも知れないですが……。
 
大竹:それもありますけど、でも本はページで構成されているものだから、「なんでこう並んでるんだろう」と考えながら見るのは大事。
 
石川:(写真集『Mt.Fuji』の最初の見開きを指して)こういう観音開きとか、ちゃんと開いて見てほしいなあ。こっちの勝手な思いだけど、気持ちが詰まってますからねえ。
 
大竹:意味や意図への反対・賛成はいろいろとあっても、とりあえずその意図を受け止めてみてほしいですね。
 
石川:はい。という訳で、質問コーナーに行きますか。
 
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お二人は、このあと場内からの質問に、丁寧に答えていらっしゃいました。
 
 
写真集は頭から順番に……すでに見慣れた写真集も、もう一度、表紙から、ゆっくりと時間をかけてページをめくることで、まったく違った印象に見えてくるかもしれませんね。
 
ジュンク堂書店新宿店にて、半年間にわたり開催してきた石川直樹連続トークセッションも、今回のvol.3をもって、完結いたしました。
ご来場いただいた皆さん、リトルモアWEBでの連載を楽しみにお読みいただいた皆さん、本当にありがとうございました。
また登場いただいたゲストの華恵さん、服部文祥さん、大竹昭子さん、そして素敵なスペースをお作りいただいたジュンク堂書店新宿店様にも、厚く御礼申し上げます。
 
今年の夏も多くの登山者でにぎわった富士山。
写真集『Mt.Fuji』に収められた1点1点の写真を見れば、やはり富士山は紛れもなく日本の最高峰であり、非常に厳しく過酷な顔を持つ山だということに気付かされます。
ただ、このトークセッションを通じて、「登る山としての富士山」へ「登ろう」という、石川さんが写真集『Mt.Fuji』に込めた一つの思いが、皆さんに伝わり、そして皆さんの足が富士山へ、しかも富士山の未知の風景へと向かうことがあると嬉しく思います。
 
この道は富士山へと、続きます。
 


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