第1回:人類が2本足で立った頃

2009年07月29日

 子どもの頃、さほど「空想好き」とは言えなかったのですが、想像するのはやたら好きでした。「猿人から人類になるまでの進化」のあの図がとにかく好きで、「サルから人間?」「いつから人間で、どこまでサルなの?」――僕は、そんな疑問をずっと抱えたまま解決しようとせず、ただあれこれ想像して今まで過ごしてしまったような気もます。まあ、反省するほど、何がどうということでもないのですが、小学校の頃から「メガネザル」と呼ばれていたし、とにかくサルというものに、なぜかふか~く興味を抱いていたのは確か。
 小さな頃から、僕の中で一つの仮説があります。
 遠い昔、サルはとうとう地面から手を離し、うれしくてうれしくて、そしてびっくりして遠くを眺めた。今までが地面から50センチくらいの低い風景ばかりだったとしたら、その立ち上がった時に見えたものは遠くまで続く、それはそれは美しい風景で、サルは感動して思わずその風景にしばし見入ってしまった。
 さらに続きます。
 あまりの感動に、そのサルは右にも左にも、前にも後ろにも進めず、ただただ立ち尽くし、そして思わずココロの中で叫んだ。「クウキガウマイ、イキルコトハ、スバラシイ!」
 子どもの頃は、あの進化の図を見ながら、そんなことを無駄によく想像してました。
 さて、「立つ」って何なのでしょう。今の世の中では、ただただ立っていることは案外とつらいです。駅のホームを見ても、人々は椅子や地べたに座り込んでいます。現代人は座ることに慣れてしまっているけれど、遠い昔の人々は気持ちよく立っていたのかな、と思います。特に日本人は、廊下で立たされることが罰になるくらい「ただ立っている」というのが苦手な国民のようにも思えます。僕も苦手です。
 知る限り、立っているのが得意なのはインド人。20代の頃フランスに行った時、インド人のグループと宿を共にした際に、その中の一人の青年がカレーを作ってくれました。朝7時頃、僕がキッチンに朝ご飯を食べに行くと、彼が静かに現れ、まずタマネギを炒めはじめました。それから香料を足し手を休めると、彼はまったく慌てることなく、また座ることもなく、時々窓から気持ちよさげに外を眺めてはまた炒め続け……をゆったりと繰り返していました。
 僕が12時も過ぎて再びキッチンに行くと、その彼はまだ立ったままカレーをのんびりと作っていました。「即席3分クッキング」なんていう概念は、彼には全くなかったのです。ただ楽しいから、ゆっくりと味わいながら調理をしていたら、時間が経っていたのです。それも5時間以上立ったまま。
 彼のことを考えると、小学校の頃の「廊下に立ってろ!」というのは間違っているような気がしてしまいます。彼にとって立つことは苦ではなく、喜びなのです。そしてもしかしたら、彼だけでなく、すべての人間にとっても。初めて立った時のサルの感動は、そう簡単に遺伝子の記憶から消せるものではないはずですから。
 もう一つ余計な仮説です。
 とてつもなく美しく立ちあがったサルは、やがて前方に少しからだが傾き、思わず「一歩」踏み出してしまった――。
 それがそう、「歩行」の始まりです。とうとうサルは歩き出してしまったのです。

プロフィール

近藤良平

東京生まれ、ペルー、チリ、アルゼンチン育ち。振付家・ダンサー。男性のみ学ラン姿でダンス・映像・コントなどを展開する舞台で人気のダンスカンパニー「コンドルズ」主宰。
アジア、中南米をはじめ数多くの海外公演もこなす。第四回朝日舞台芸術賞・寺山修司賞を受賞。テレビやミュージシャンのPVなどで振付家として活躍する一方、横浜国立大学、立教大学などで非常勤講師としてダンスの指導もしている。また、NODA・MAP公演『THE BEE』で役者としてデビュー。バンド「THE CONDORS」ではベースを担当。

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