第5回:モノに座る(後編)

2009年10月05日

 椅子や座布団に座るのは、人間の知恵です。
 皆さんの家には、何脚の椅子があるでしょうか。近藤家には、やたら椅子があります。普通の食卓の椅子から学生の頃に道で拾った椅子、映画館からもらった3連の椅子、昔の小学校にあった子供用の小さなベンチ、リサイクルセンターで5000円で買ったソファー、ピアノ用の椅子、そしてパソコン用の車輪のついた椅子などなど、20個以上はあります。本当はこんなに必要ないのですが、まあ、椅子好きなのであります。
 随分前に、かみさんが通販で黒いレザー張りのちょい洒落たリクライニングチェアーをいきなり購入しました。びっくりして値段を聞くと、「7万円くらい」と言うその値段にまたびっくりしたのです。「椅子ごときで7万円か。んー、これは正しいのか否か」と、多いに考え込んでしまいました。
 しかし月日が経ち、椅子が部屋に馴染んだ頃、正しかったことに気づいたのです。やはり、いいモノはいいのですね。レザーのちょっとクールな肌触り、寄りかかったときのしなり具合、カラダの傾く角度――結局、この椅子をとことん愛着を持って使っているのは僕だったのです。
 その一件があってからは、椅子に座ることの価値がどんどんと膨らんでいます。そのせいか、我が家には多くの種類の椅子があるのです。
 伝統的に日本は「正座の国」ではありますが、僕がここで注目したいのは「日本の椅子」、縁側です。あれは、とにかくすばらしい。今や、縁側を持っている家庭はほとんど見かけませんが、実際はどうなんでしょう。縁側の高さは、地上からおよそ40cmくらいでしょうか。まさしく日本の椅子であります。それもベンチのように、長いのです。そこにちょこっと座れば外の風景を楽しめますし、「中でお茶でも飲みますか」となれば、すっと部屋の中にも入れるのです。これは画期的な椅子だと思います。
 もともと「曖昧さ」を好む日本人にとって、この縁側が持つ中庸性は、とてもポエチックな気分にさせてくれます。似たような形状では、良く山の峠で見られる「茶屋」の腰掛けもすばらしい。およそ四角に置かれたような長椅子は、外周を見渡したければ外向きに、もし話に花を咲かせたいのならば内向きに座れば良いのです。
 仕事柄よく劇場に行きますが、今は観劇用の椅子はどこも、そこそこ良く出来ています。あまりに心地よい椅子だと、舞台が始まるやいなや熟睡してしまうし、ひどい姿勢だと耐えられません。新幹線の席などもどんどん進化していくし、ぼくらはもう少し敬意をもって椅子に座る必要があるのかもしれません。
 町中のバス亭で、たぶん捨てられたであろう椅子たちが、ちょこんと置いてあったりします。色とりどりの全く違う形の椅子たちです。そこに、腰の曲がったおばあちゃんがホッとして座ったりしていると、なんかとてつもなく、「椅子さんありがとう」などと思ってしまうのです。

プロフィール

近藤良平

東京生まれ、ペルー、チリ、アルゼンチン育ち。振付家・ダンサー。男性のみ学ラン姿でダンス・映像・コントなどを展開する舞台で人気のダンスカンパニー「コンドルズ」主宰。
アジア、中南米をはじめ数多くの海外公演もこなす。第四回朝日舞台芸術賞・寺山修司賞を受賞。テレビやミュージシャンのPVなどで振付家として活躍する一方、横浜国立大学、立教大学などで非常勤講師としてダンスの指導もしている。また、NODA・MAP公演『THE BEE』で役者としてデビュー。バンド「THE CONDORS」ではベースを担当。

ひとこと・ふたこと