第6回:耳のこと

2009年10月19日

 小さな頃は、耳の穴がとてつもなく不思議でしょうがありませんでした。
 なんで水の中に入っても耳から水が流れ込まないのか。鼻はなんとなくわかるのです。フンッと鼻の中でチカラを入れれば調節が利くのです。もちろん口や目は、閉じないと水の中では結構大変です。しかし耳だけは、どうやってチカラを入れようにも、なんだか曖昧な気分になるだけです。
 おまけに耳には、ボリューム調節機能が存在しないので、外部から聞こえる音は縦横無尽に聞こえてきてしまいます。受験期の頃、「耳栓」なるものが流行って黄色のムニっとした質感のものを耳の穴に突っ込んで勉強しました。この耳栓をすると、かえって自分のからだの音が聞こえすぎて集中ができなくなります。唾をのみこむ音とか、蚊にさされたところを搔く音などやたら敏感に感じてしまいます。
 それに、耳の位置って気になりませんか。人間の側面にあるのです。動物を一般的に見ていると頭の上の方にちょこんと耳があり、リボンのようで可愛かったりもします。いつ頃だったか忘れましたが、家の三面鏡を広げ、初めて自分の耳の穴を直視するような角度で見た時は驚きました。「グロテスクかつ美しい」と子どもなりに思ったのを覚えています。
いまだに謎が多い耳は、どうにも実感が持てない部位なのです。「耳さんありがとう」と声もかけられません。
 今、町を歩くとたくさんの人々が耳にイヤホンを突っ込んでいます。僕も学生の頃(ウォークマンが出た頃)は愛用していましたが、今はどうも無理であります。外の世界とつながっている耳をあえて塞ぎ、自分の気に入った音だけを耳の奥へとドクドクと流し入れることを想像すると、かなり怖くなります。
 と言っても、都会に住む人間の耳にとっては無数の音が響いています。駅のホームなどで待っていると他のホームから聞こえる放送が混じり混乱します。飛行機や新幹線内などの「ブオー」というすさまじい音がずっと耳の中で響き続けます。
「耳さんありがとう」のためにもちろん耳掃除はしますが、やはり耳に優しい音を聞かせてあげたい、あるいは聞きたいものです。
 目や足腰の癒しの時間は大事にしていますが、耳に関しては苦労をかけている割には、労いが足りないような気がします。
 そう言えば子どもの頃は、貝に耳をつけてそっと聞き入ると、本当に永遠のような音が聞こえたものです。青春期の頃だと、音楽に乗った歌詞で本当にその世界へ行けます。「まあ現実は……」などと大人になると吐いてしまいますが、あの頃は確実に聞こえていたものがあります。
 耳は大切にいたわるだけでなく、何を聞くかで、ちょっとした日常をより豊かにするのだと思います。

プロフィール

近藤良平

東京生まれ、ペルー、チリ、アルゼンチン育ち。振付家・ダンサー。男性のみ学ラン姿でダンス・映像・コントなどを展開する舞台で人気のダンスカンパニー「コンドルズ」主宰。
アジア、中南米をはじめ数多くの海外公演もこなす。第四回朝日舞台芸術賞・寺山修司賞を受賞。テレビやミュージシャンのPVなどで振付家として活躍する一方、横浜国立大学、立教大学などで非常勤講師としてダンスの指導もしている。また、NODA・MAP公演『THE BEE』で役者としてデビュー。バンド「THE CONDORS」ではベースを担当。

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