株式会社 家族2

占い師

 

 ときどき東京の路上で服を売り、ときどき大阪へ遠征するのが趣味だった。
 心斎橋の路上で服を売っていたとき、近くでたこ焼きを売っていたおっちゃんに「姉ちゃんそらおっちゃんに千円払わなあかんわ」と言われた。おっちゃんのたこ焼き屋はいつも暇そうだった。
 毎日私が千円払っていれば、おっちゃんは「がんばれや」と暇を見ては応援に来てくれた。ときどきバイト帰りの妹も遊びに来てくれるので、私がたこ焼きを買ってあげようとしたら「さっき立ちションして たけどな」と言った。路上だし、おそらく洗わなかったその手を使ってたこ焼きを回しているのだろうと思い、買うのをやめた。

 こうして私の有意義な夏休みは終わり、東京に戻る。東京では私から千円を巻き上げるおっちゃんに遭遇することはなかったが、私がブルーシートを広げると、どこからか警察官が来て撤収させられた。私はカラフルな服をバッグにしまいながら千円ですべてを黙認してくれていたあのおっちゃんの存在がありがたいものだったことに気付いた。

 次の夏もまた私は心斎橋にブルーシートを広げに出かけた。近くには人気の占い師がいるらしかった。長い行列の先に見えたパネルには、テレビや雑誌で取材を受けたときの切り抜きを拡大して貼ってあった。そして占い師はとても占い師らしい服を着ていたけれど、遊びに来た妹によってそれが去年のたこ焼き屋のおっちゃんであると確認された。今でも路上の占い師を見るたびに、本当は元たこ焼き屋なのではないかと疑っている。
 その夏、華麗な転職をとげたおっちゃんの占い屋台は流行っていた。おっちゃんは私から千円を巻き上げる暇があるくらいなら、一人でも多くの女性の手相を虫眼鏡で見ていた。夜になって私がブルーシートを畳んでいると、おっちゃんも占い屋台の撤収にかかっていた。
 去年この街を “おれの街”と言い切る何人もの“自称地主”から私を守ってくれたおっちゃんに「お疲れさま」と言って私が帰るとき、隠れてお金を数えていたおっちゃんは、私のことを覚えていない顔をした。心斎橋の警察官は酔っ払いの世話に忙しかったり、喧嘩を止めるために急いで自転車で通り過ぎるから私のことなんか見えていなかった。

山田かおり

題字:山田まき 絵:山田ひでお

 

プロフィール



山田かおり

1974年、兵庫県尼崎市生まれ。京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学ファッション科)卒業後、ファッションブランドQFDを立ち上げる。CM、舞台、ファッション誌に衣装提供。2010年、QFDウェブサイト内のブログをまとめたエッセイ『株式会社 家族』(弊社刊)を出版。

ひとこと・ふたこと

9月3日(土)、4日(日)の二日間、山田かおりさんの手掛けるファッションブランドQFDの、久しぶりの展示会が開かれます。どなたでも入場できます。詳しくはHP[ http://bit.ly/q2fBKU ]をご覧ください。初の小説「猫穴」が季刊「真夜中 No.14」に絶賛掲載中!