株式会社 家族2

雨宿り

 右隣には英語を勉強している男の子、左隣には難解そうな数式に取り組むおじさんが座っている。やけに座席の間隔が狭いチェーン展開する喫茶店で、両サイドを勉学に励む人に挟まれながら私は原稿用紙に文字を書いている。
“尿で漏れたずくずくのパンツを洗濯カゴに入れた” “流れ弾に当たらないように私たちは低めの態勢をとった”などと書いている自分がだんだんと恥ずかしくなる。私の筆圧は高く、文字も大きいから両サイドの人たちの視界に入っていないか心配しながら書くので筆が進まないのは貴様らのせいだった。
 コーヒーカップが空になってから1時間近く経つが、まともな話は何ひとつ書けていなかった。喫茶店を出ると、雨は滝のように降っていた。そういえば、今までとりわけまともな話を書いたこともない。
 始めからいつもの喫茶店へ行くべきだったと後悔しながら走り、いつもの扉を開けた。店内にはいつものように綾小路きみまろを朗読しているおばさんや競馬新聞に夢中のおじさんがいる。
 ストレートティーを注文したらレモンティー、レモンティーを注文したらミルクティー、とりあえず何かしら違うティーを出してくれるママは、今日はストレートティーを注文した私にホットミルクティーを元気いっぱいサーブしてくれた。 驚きの価格だったという戦利品のでっかいパンツをカウンターに並べ、喫茶仲間に好きな色のパンツを選ばせてあげている親切なおばさんの声が響いているこの賑わう喫茶店で、引き続き原稿を書けばさっきよりも筆が進む。
 せっかく温めてくれたミルクに手を付けず帰る私に、なぜストレートティーを頼まないのかとママは不思議に思っているかもしれないし、何とも思っていないかもしれない。ここはとても居心地がいいが、帰るなら雨が止んだ今しかないとわかってはいたのだけれど居たかった。

山田かおり

題字:山田まき 絵:山田ひでお

プロフィール



山田かおり

1974年、兵庫県尼崎市生まれ。京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学ファッション科)卒業後、ファッションブランドQFDを立ち上げる。CM、舞台、ファッション誌に衣装提供。2010年、QFDウェブサイト内のブログをまとめたエッセイ『株式会社 家族』(弊社刊)を出版。

ひとこと・ふたこと

9月3日(土)、4日(日)の二日間、山田かおりさんの手掛けるファッションブランドQFDの、久しぶりの展示会が開かれます。どなたでも入場できます。詳しくはHP[ http://bit.ly/q2fBKU ]をご覧ください。初の小説「猫穴」が季刊「真夜中 No.14」に絶賛掲載中!