株式会社 家族2

 

  やくざの事務所の入り口には、鏡が斜めについている。それは間口の幅に合わせた横に長い大きな鏡で、傾斜をつけて天井と壁の境目に固定されていた。事務所の突き当たりに設置された鏡の中にはいつも数人の男の人が外の様子をうかがっていて、彼らと目が合っているのかいないのか、本当のところ私も妹もわかっていなかった。
  夏休みに姉妹でプールに通っていた。プールが終わる時間にあわせて、父と母が迎えにきてくれる車の後部座席で私と妹はぐったりしていた。信号にひっかかって車がとまる場所は、決まってやくざの事務所の前だった。斜め付けにされた鏡の中に見える男二人と目が合っているのか確かめようとした私と妹は「あほ」とか「はげ」などと調子にのって、低俗な単語を口パクしながら信号が変わるまでの退屈をしのいだ。
  突然目つきが変わった男二人の姿が一瞬鏡から消えたかと思うと、「おら」と怒鳴って事務所から出てきた。それから事務所の入り口に置いていた大きなごみバケツの蓋を手に持つと、それを盾に身構えた。信号は赤だった。この瞬間、逃走不可能だと思った母が「みんな伏せ」と叫び、私たちは母の指揮のもと、全員で体を低くした。信号が変わって父が全速力で車を出した。
 ハンドルを切った車は左に急カーブし、国道二号線へ出た。父は車と一体化していた。ごみバケツの蓋をかまえる男二人が、バックミラーの中で小さくなってゆくのを全員で見届けた。完全に姿が消えたとき、「流れ弾に当たるか思た」と母が言った。
  私たちは今、入り口に○○組と書かれた事務所を見れば、ふざけず黙って通り過ぎる。街の中で怒鳴り合う人たちの横を通り過ぎるとき、心持ち体勢を低くとって流れ弾から身を守る。
  深夜、何気なく点けたテレビでF1レースを見る。レーサーが猛スピードでカーブする姿を見ても、あのときの父のほうが車と一体化していたと思う。

山田かおり

題字:山田まき 絵:山田ひでお

 

プロフィール



山田かおり

1974年、兵庫県尼崎市生まれ。京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学ファッション科)卒業後、ファッションブランドQFDを立ち上げる。CM、舞台、ファッション誌に衣装提供。2010年、QFDウェブサイト内のブログをまとめたエッセイ『株式会社 家族』(弊社刊)を出版。

ひとこと・ふたこと

9月3日(土)、4日(日)の二日間、山田かおりさんの手掛けるファッションブランドQFDの、久しぶりの展示会が開かれます。どなたでも入場できます。詳しくはHP[ http://bit.ly/q2fBKU ]をご覧ください。初の小説「猫穴」が季刊「真夜中 No.14」に絶賛掲載中!