第33回:自由が丘で Hill of Freedom

2014年12月11日

 2014年12月13日に公開されるホン•サンス監督の『自由が丘で』という映画があります。原題は『Hill of Freedom』というタイトルです。
 加瀬亮さん演じる主人公モリは好きな女性クォンに会いに以前住んでいた韓国を訪れます。しかし会えず、クォンの職場に何枚かの手紙の束を預けて残します。後日、クォンは手紙を受け取りますが、病み上がりのクォンはよろめいて手紙の束を落としてしまい、拾い集めた手紙の順番はめちゃくちゃになってしまいます。順序がばらばらのまま、クォンは手紙を読みはじめます。時間を失くした手紙はクォンの心を不安定に動かします。自分のいない場所に、モリの想いによって自分の存在だけが生きているのです。クォンはまるで世界から分断されたような寂しい気持ちになったことでしょう。

 僕にもモリの手紙の様な心を不安定に動かす存在がありました。おばあちゃんが教えてくれなかった僕の本籍地です。その土地は僕が一切知らない父に関わる土地であるはずであることと、地名だけ、大人になってから知りました。僕は自分にとってどう関係ある土地なのかもっと詳しく知りたくて、事情を把握しているはずのおばあちゃんに聞きました。しかし教えてくれず、以来ずっと変な存在です。よく知らない形だけのものなのに、そこには僕の気配が勝手にあるのです。
 思えば、おばあちゃんのまわりには気配だけで実態がわからないものが多かったように思います。

 おばあちゃんは亡くなった娘、僕の母に話しかけていました。「オマエもお母さんがいつもすぐ横にいるから話しかけろ」と言われました。

 おばあちゃんは母のこともあまり教えてくれませんでした。小3のときに亡くなってしまったので僕は母が、“母親”以外の部分でどんな人間だったのかほとんど知りません。おばあちゃんが与えてくれた母の少ない情報は、「密造酒作ってるとき見張りしてた」「牛乳配達して稼いだ」という、どちらも小学生の母の話でした。

 おばあちゃんは「じいさんとの結婚はサギや」と、よく言っていました。見合いの次の日おじいちゃんの家にお嫁に行くと、知らない男2人も同じ部屋に住んでいたそうです。

 おばあちゃんは一家を養うために稼ぎ、大金を手に入れました。その小切手があるとき盗まれたそうです。おばあちゃんは自分の子供達にすら疑いをかけ、問いつめました。子供の一人が、盗まれた小切手の入っていたバックを点検すると、バックのファスナーのつまみに南京錠がキーホルダーのようにぶら下がっていて、誰にでも盗めるようになっていました。結局犯人はわかりませんでした。

 おばあちゃんのムネには乳首が3つありました。たぶん1つはイボです。

 おばあちゃんは上半身裸で玄関先の植木に鍋から水をあげていました。道から蜃気楼が上がり夢をみているようでした。

 町で、僕が女の子と歩いていると、おばあちゃんと出くわしてしまい、おばあちゃんが「やめとけこんなみっともないサル」と言いました。

 おばあちゃんが家に祈祷師を呼び、降霊術で僕のお母さんを呼び出そうとしました。僕は「いつも横にいるんちゃうんか!」と思いました。

 寝ぼけておばあちゃんを殴ったことがあります。おばあちゃんは泣いていましたが、僕がおばあちゃんが憎くて殴ったのではなく、夢のせいで殴ったので、許してくれました。

 おばあちゃんに「北大路欣也に似てる。男前や」と言われたことがあります。

 おばあちゃんに「父親に似てきよった。げじげじがそっくりや!」と言われたことがあります。

 ぼくは父親がどこのどういう人だか知らないのでおばあちゃんに聞くと、おばあちゃんは口を貝のように閉じて言いませんでした。いつもは人とあまり口をきかないおじいちゃんが、「人が嫌がることすんな!」と怒って言いました。

 ぼくが本籍地はどういう所かおばあちゃんに聞くと、おばあちゃんは口を貝のように閉じて言いませんでした。おじいちゃんは生きているとき、「ウソもホンマも関係ない」というのが口癖でした。実態を決して語らず、根拠のない気配の様なものを信じるおばあちゃんを肯定した言葉だったように思います。

 もしかしたら手紙を読み終えたクォンはおじいちゃんと同じ気持ちだったのかもしれません。「ウソもホンマも関係ない」、手紙を読んで寂しく頼りない気持ちになったけど、手紙というものが現実を想像させるウソかホンマかわからないものであるから不安であり、信じられず、つまり実際に会わないことにはウソもホンマもわからない、そうだ会おう、と思い切ったのかもしれません。
 そしてクォンはモリに再会します。2人は、嘘か本当かわからない夢の様な気配ではなく、現実の姿を求め、会いにきたのです。
 僕には想像する本籍地が無数にあります。どれがウソでどれがホンマかわかりませんが、実際に見て信じようと思った本籍地が僕にとっての本籍地であると、この映画を観て思いました。想像を現実で越えてゆくのが自由の丘の進み方なのかもしれないと思います。

 病院で、臨終間際のおじいちゃんが「小切手ドロボーしたんワシやごめん」と駆けつけたみんなに告白し、おばあちゃんは何を言ってるかわからないくらい怒りました。これは珍しく根拠がはっきりしていて、おじいちゃんがドロボーだという実態が浮かび上がりました。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。