2011年11月5日から渋谷ユーロスペースで横浜聡子監督最新作『真夜中をとびうつれ』『おばあちゃん女の子』の2作品が公開されます。
『おばあちゃん女の子』は野嵜好美さん演じる主人公妻はつえと、僕が演じさせていただいた夫たかしのある1日の物語です。
当たり前かもしれませんが、僕は好きな映画を何回も観ます。もちろんおもしろいから何度も観たいのですが、何度観ても何がおもしろいのかわからないから観ている、という気持ちもあります。筋書きの立たない感情が映っているからかもしれません。理解する過程をすっ飛ばしても説得力がある映画は、不思議で、魅力的です。
『おばあちゃん女の子』も僕はきっと何度も観てしまうと思います。感情の、不思議と魅力が観られると思います。
第14回で書いたモグロという男がいます。高校時代の友達で、その名の通り漫画『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造によく似ており、心が広く、焼け野原と呼ばれる場所に建つアパートに住み、ヒッタクリで捕まった男であります。捕まったとき、鑑別所から「めっさええとこや」とモグロが電話をくれたのが、思えば最後の会話でした。その後引っ越したり電話番号が変わったりしていつのまにか連絡手段がなくなり、以来十数年会う事はありませんでした。しかし僕はモグロを忘れた事はありませんでした。謝りたい事があったのです。高校時代、モグロの心の広さをいい事に、僕はモグロに散々な仕打ちをしていました。本当は仲が良いのに人前では殴ったりしていたのです。連絡が取れなくなったのは、後ろめたさから連絡しづらくなったことも原因にありました。
2月ほど前、僕はプリンターが欲しくて探していました。プリンターを買うのは初めての事で、どういうプリンターを探していいのかもわからないまま、ありとあらゆる電気屋をうろつき回っていました。もうすでに1ヶ月間くらい探していた頃だと思います。電気屋に入る事が癖のようになっており、その日の夕方も帰りに某大手家電量販店へ自然と入り、プリンター売り場に寄りました。売り場はメーカーごとにコーナー分けされており、それぞれに販売員が2人ほど待ち構えていました。僕は1ヶ月間悩んだ結果、これかなというメーカーAのプリンターを見つめていました。するとAの販売員の男が話しかけてきました。僕は以前から販売員を信用出来ません。商品の良さを説明されればされるほど、疑わしく思えてきて、販売員のカモにされるのが恐くなり、結局、買うのを止めてしまいます。このときもAの販売員がこのプリンターのここが良いと言えば言うほど、銭のために無理矢理ポンコツを僕に押し付けようとしているように思えてきました。しかしもう1ヶ月間もそうやって毎回人を疑っていたので僕は疲れていました。もうこれ買っちゃおうかな、と思ったとき、Aの販売員の肩越しに別のメーカーBの販売員の男と目が合ったのです。最初、「こいつも俺をねらってる」と思い、警戒して目をそらしました。でもなんでか気になりAの陰からもう一度Bの男を見てみると男はまだ僕を見つめていました。僕も今度はしっかり見てみました。Bの男は体が大きくがっしりとしていて、顔も大きく、口元が特徴的で喪黒福造に似ていました。
Bのプリンターを提げ、モグロの仕事が終わるのを待って、2人で飲みに行きました。すぐには気づかないはずで、モグロは十数年前よりもだいぶがっちりとした体になっていました。聞けば趣味はジム通いとフットサルだと言います。僕の方も老けたのか、モグロも「誰かわからんかったわ。お前は顔が優しくなったなあ」と言いました。酷い事をした昔から比べれば優しくも見えるでしょう。僕はずっとモグロにした事を後悔し、思い出すたびに謝りたいと思っていました。だから再会が本当に嬉しく、今こそという思いで僕はモグロに謝りました。するとモグロは「そんなことあった? 覚えてないわ。気にせんでエエ」とあっけらかんと言い、今もなお心の広さをみせてくれたのです。しかしなぜでしょう、許してくれたモグロに喜ぶ反面、許すモグロの口ぶりに僕は「ア?」と反応していたのです。「なんやお前気にせんでエエって?誰に言ってんねん」と自分でも不思議なくらい自然と、懐かしい高校時代のツンケンした気持ちが蘇っていました。僕は心の中で昔の自分と戦いながらモグロと話しました。モグロは今に至った経緯を話してくれました。ヒッタクリの後、高校を辞め、大阪のうどん屋で働き、大阪の金持ちの女の人と結婚し、離婚し、千葉の海の家やペンションで働き、千葉の金持ちの女の人と付き合い、上京し、その彼女と同棲し、Bの販売員として働き…。
「でも彼女がホームシックになって1年前から実家に帰ってんねん。2LDKに1人や」
「そうかあ、それは寂しいなあ」
「今の楽しみは地元の仲間とフットすることや」
「大阪のやつらとよく会うんか?」
「違う違う、千葉の仲間。何人かこっちにおんねん」
お前の地元は焼け野原やろ調子乗んなよ、と昔の僕が喉元まで出てきていましたが、こらえて、「○○君覚えてる?」と楽しい昔話に話題を変えようとしました。しかしモグロは「全然覚えてへん。で千葉の彼女の実家がな…」とまた地元の話に戻してしまうのです。モグロはわざと昔の話を避けているのではなく、本当に忘れているようでした。僕はショックでした。確かにモグロの近況を聞いているとヒッタクリくらいしか目立った事の無い高校時代を忘れても仕方が無いくらいこの数十年は大変だったようですが、僕は高校時代の僕らの友情や、僕の懺悔までポイっと捨てられたようで寂しく、むかついたのです。いやむかつく資格は無いのですが、「金持ちの女は辞めといた方がエエで。苦労するで」と僕に助言するモグロに、どうしても違和感があるのです。僕の心のモグロとは再会出来ていなかったのです。
次の日、僕はモグロに電話を何回もしました。Bのプリンターがポンコツだったからです。動かぬプリンターをモグロに重ねて罵りました。「いつでもわからなかったら聞いて」と仕事で使う標準語でモグロが言っていたので、仕事中かなと思いながらも電話しました。そのうちモグロと電話がつながり「プリント出来ひんねんけど」と言うと、モグロはああしてみてこうしてみてと指示をくれましたが、それでも、プリンターは動きませんでした。だんだんと腹が立ってきて「もうええわ」と電話を切り、タバコを吸っていると、どこにも差されていないプリンターの線の先っぽが見えました。
モグロに電話をして2日連続で謝りました。モグロは「エエから、気にすんなや」と言いました。モグロの声と一緒に家電量販店のざわめきが聞こえており、忙しい最中であることは間違いありませんでした。
新しいモグロもやはり心の広い、いい奴でした。今僕がモグロを好きな理由は昔と同じ「心の広い、いい奴」という単純な一つでした。そのことを改めて感じ、モグロと再会出来たことがとても嬉しく奇跡的な事に思えます。
人の感情は1人の中に1つではなく、複雑にいくつも持ち合わせているのに、友達や夫婦でいる理由は単純な1つであるということ。しかもそれだけで繋がっている凄さを『おばあちゃん女の子』で僕は見ました。その凄さが、よくわからないおもしろさに説得力を与えているのだ、と思うのです。