第15回:ミニー&モスコウィッツ

2010年05月05日

 1971年に製作されたジョン・カサヴェテス監督の『ミニー&モスコウィッツ』という映画があります。その名の通りミニーという女とモスコウィッツという男が結ばれるまでの物語です。ラブストーリーでハッピーエンド、話の筋も単純なのに、僕はこの映画を観る度に、なんでこんなにも色んな物語が含まれているんだろうと感動します。
 物語は、ミニーとモスコウィッツが出会う前の生活から始まります。それぞれ描かれる二人の生活は全然違いますが、二人は欠けているものや、求めているものが、実はまったく同じだったのかもしれません。
 エリートの女と駐車場係の男は、孤独で空虚に暮らしていました。冷蔵庫にワインしかないような生活は嫌かもしれない、食堂で金も無いのに酔っ払って定員を困らせるような生活は嫌かもしれない、そんな風に何かが違うと思いつつも変わることのできない二人は出会い、そして結婚するのです。

 この連載の第9回で書かせていただいたナイ坊という名の友人がいます。
 彼の“ナイ坊”というニックネームが“ウチ坊”となり、元来の“オノウチ”に近づいた形で改まった頃の話です。ウチ坊は高校を中退しスシ職人の弟子となっていました。剃り込みを入れ、出前に勤しみ、タバコのことを“モク”と呼んでいました。全部、長渕剛さんのドラマの影響でした。ウチ坊は長渕を敬愛していました。
 そのウチ坊は僕が通っていた高校によく出前に来ていました。そのおかげで中学の同級生である彼と高校生になっても頻繁に会うことができました。
 ある時、何人かでウチ坊が一人暮らしをするアパートへ泊まりに行くことになりました。働くウチ坊は高校生の僕らよりも疲れて早くに寝てしまいました。そして僕らはアパートの物色を始めました。その成果は大量のカセットテープでした。
 聴こうと思いラジカセを開くと、すでにテープが入っていたので、まずそれを聴いてみることにしました。再生すると、ラジオ番組を録音して編集して作ったウチ坊の「長渕ベスト」がラジカセから流れてきました。DJの声が一切曲にかぶっていない音源だけが録音されているそのテープをウチ坊は明らかに聴き込んでいるだろうとふんだ僕らは、新たな音を録音することにしました。「ろくなもんじゃねえ」の“ピー、ピー、ピー”という歌詞のところで“ピー、ピー、プー”と、屁を吹き込みました。
 眠るウチ坊を横目に、僕らはおおいに楽しんでいました。そしてさらなる楽しみを求めて僕らは大量のカセットテープにも手をつけました。
「ァア゛ー……、オノウチです。今日は……」
 それらのテープはどれもウチ坊の日記テープでした。長渕風の発音で、「今日、モクを3箱も吸ってしまいました……」や「今日は何もしませんでした……」と語られるテープは、古いものでは中学時代から録音されており、かすれた声で屁のように中身の無い毎日を延々と伝えていました。テープには孤独と空虚が収録されていました。その音はすぐに「アホや」と笑う僕らの声でかき消されました。

 ミニーは「大きな悩みがあるわけじゃないの」と言いながら、深く悩んでいました。
モスコウィッツは車のこと、金のこと、食べることしか話さず、「本当に話したいことが言えないだけだ」と言いました。
 孤独と空虚を抱えていた二人は恋をし、恋は二人を変えました。二人は一人では上手く歩けなかった人生を、手をつなぐとちゃんと歩けるようになったのです。

 ウチ坊はある日突然、「オレ、ミスチル好きや」と言い出しました。僕がびっくりして「長渕は?」と聞くと、「アイツ、文句ばっかしやから」と言いました。
 後に、ウチ坊の変化は同棲をしはじめた年上の女の人の影響だと分かりました。カラオケで「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」を熱唱するウチ坊を当時、僕は驚きと失望の思いで見ていました。
 でもウチ坊、今僕は分かります。君は日記テープの録音を、一緒に暮らした女の人のおかげでやめることができたのでしょう。恋が君を変え、長渕の故郷・鹿児島の歌「いつかの少年」を歌っていた、生まれも育ちも大阪の君が勇敢な恋の歌を歌いはじめたことに、僕は今さらながら感動しています。もう僕に笑われることはありません。すべて『ミニー&モスコウィッツ』という映画のおかげです。
 でもウチ坊、僕はミスチルより長渕のほうが断然好きだ。
 

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。