第18回:復讐するは我にあり

2010年08月09日

 
 1979年公開、今村昌平監督の『復讐するは我にあり』という映画があります。
 緒方拳さん演じる主人公、連続殺人犯・榎津巌(えのきづ いわお)の逃亡から逮捕、死刑に至るまでを追った物語です。タイトルは聖書に出てくる神の言葉で、「自ら復讐してはならない、私にまかせておけばいい」というような意味だそうです。
 僕はこの映画の主人公がとても好きです。好き、というとなんだか違う気もしますが、何回観ても飽きずにその人生を追っています。連続殺人という思い罪を犯していく行動とは裏腹に、主人公はまるで神様の道具にでもされたかのように無力な人間のように見えてきます。無力な人間の必死な抵抗が僕は好きなのです。

 中学1年の時、僕は同級生のヨシオバという女の子に好かれていました。自慢じゃありません。ヨシオバは同じく同級生の“よっしん”のオカンにそっくりでした。「よっしんのオカンにめっちゃ似てるやん」と僕が彼女に言ったため、その日の午後にはみんなが彼女を“ヨシオバ”と認識していました。 
 ヨシオバが僕のことを好きなのは明らかでした。僕は野球部で、ヨシオバがいるテニス部とは背中合わせに毎日グラウンドで練習していました。ヨシオバの友人ヒロコが僕を指してヨシオバに何か言ってキャッキャッしているようなことが多々ありました。 
 ヨシオバの誕生日会に呼ばれたこともありました。
 女子ばかりの中に、なぜか僕とオサムという野球部の友達だけが男では呼ばれました。プレゼント交換があるため何か持っていかなくてはならなく、しかし僕らは共にお金が無かったため、僕は仏壇にあったバナナ、オサムは菊正宗の王冠(フタ)を持参して誕生日会の会場のヨシオバのお母さんが経営しているスナックの扉を開いたのです。そこで僕はヨシオバに、オサムはヒロコに熱烈なアピールを受けたのでした。うっすら感じているかもしれませんが、ヨシオバとヒロコはブスでした。
 その日も部活動中にヨシオバと友人ヒロコからの視線を背中に感じていると、オサムが人差し指と小指を立てて「ウィー」と言いながら話しかけて来ました。
「ロケットおっぱい、またお前のこと見てんで」
 ヨシオバは“ロケットおっぱい”とも呼ばれていました。僕らはよくテニス部をじろじろ見ては、「あいつかわいい」だの「あいつ絶対安産」だのと論じていました。その会話の中でヨシオバの乳は“ロケットおっぱい”“円すい”などと評されていました。
 実は、僕はテニス部の中に好きな人がいました。もちろんヨシオバではありません。そのせいもあって、オサムとそのようにテニス部を眺めまわすのが大好きでした。はたから見たら僕たちもヨシオバ達と同じようにキャッキャッとしていたのでしょう。
 同じ日の夕方、僕がビデオで「ハンセン vs 天龍」の試合を観ている時に電話が鳴りました。出ると、相手は友人ヒロコでした。
「あんた何してん? 今○○ちゃんとバッティングセンターおんねん。あんた、かっこええとこ見したいやろ?」 
 僕はヒロコが何を言っているのかさっぱりわからず、○○ちゃんというのがヨシオバの元の名前だ、ということだけなんとか思い出していました。 
「だから、あんた○○ちゃんにかっこええとこ見したいやろ? オサムと来たらええ……」 
 プロレス観てるから、と言って僕は電話を切りました。 
 プロレスが終わった頃、再び電話が鳴りました。
「今、あんたの家の近くの公園おんねん」 
 と、ヒロコが言いました。僕は面倒くさいと思いながらも、公園へ向けて自転車を漕ぎました。着くとあたりはすっかり暗くなっており、ヨシオバが一人で待っていました。ざっくりと開いた挑発的な胸元のシャツと、金髪にテンガロンハットの人が履いていそうなミニスカート、という姿でした。 
 ベンチに並んで座ると、挑発的なロケットとヨッシンのオバちゃんによく似た顔が真近にありました。 
「ヒロコ、気い利かせて帰ったわ。あんた根性ないからな、こうやって機会作ったったけど、ほんまは男の方が頑張らなアカンねんで……」 
 とヨシオバは顔だけでなく、気持ちも老けたのかずいぶん上から話しはじめました。
「うちはいつでもええねんで、あんたが恥ずかしがってゆわんから、うちがゆったるけどな……」 
 と、ヨシオバが告白している間、いや、してくれている間、僕はテニス部の好きな人のことを思い出していました。まだ誰も知らない僕の恋心を、このヨシオバだけには言おうかな、と思いました。そして僕は結局ヨシオバに、 
「おっぱい触らせてくれや」 
 と言いました。しゃあないな、と言いながらヨシオバは服をめくって円すいを二つ出しました。あんたもうちょい早よ告白してれば今頃もっと凄いことしてんで、とヨシオバは触らせながら言いました。円すいから顔に目を移すとヨシオバは悪事を見つけたおばはんのような笑みを浮かべていました。
 
 その数分後、僕は血をでこから流して公園に転がっていました。僕はきっと罰を与えられたのでしょう。 
 僕は乳を触るだけ触ると、いかにも「もうええわ」と言う感じでヨシオバを置き去りにして、自転車にまたがり公園を出ようとしました。爽快な感じを演出しようと立ち漕ぎでおもっきりペダルを踏みました。スピードに乗り出したその時、僕は暗闇に隠れていた鉄棒に眉間を打ちました。 
 それはまさに先刻テレビで見ていたスタン・ハンセンのウエスタンラリアットでした。僕は自転車から吹っ飛び落ちました。「バチや」と空中で思いました。そして地面からハンセンに訴えました。 
 ――乳を触っただけやん、ヨシオバの傲慢な勘違いのせいやん、好きでもない女に好かれたら乳ぐらい触っとかんと割りに合わんやん。 
 見上げた闇にどっしりと立ちはだかるハンセンが言いました。
「復讐するは我にあり」 
 ハンセンとベンチの前に呆然と立つヨシオバは見つめ合っていました。 
 僕はハンセンをののしり続けました。 
 ――お前のせいちゃうんか、お前がおっぱい触らせたんや、オレが触ったんちゃう、お前が触らせたんや……

 時は流れ現在、僕の眉間にはまだラリアットで出来た傷が残っています。きっとこれはヨシオバにつけた傷なんだろうな、と思っています。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。