第19回:木乃伊の恋

2010年09月02日

 僕は幼い頃、夢遊病の気がありました。
 夢遊病、といっても寝ぼけが少しひどい程度のものですが、ある時は朝、目が覚めると一緒の布団で隣に寝ていたバアチャンが泣いており、「どおしたん?」と聞くと、「オマエに殴られたんや」と言いました。全く覚えがなく、僕にとってはただの夢なのですが、バアチャンには早朝泣く程の出来事だったのです。「悪いな」というより「怖いな」と思ったことを覚えています。

 1973年にフジテレビの深夜ドラマ「恐怖劇場アンバランス」で放送された鈴木清順監督の『木乃伊(みいら)の恋』という作品があります。
 渡辺美佐子さん演じる主人公が「春雨物語」の現代語訳版を出版するにあたり、大学時代の恩師に訳を依頼するところから物語は始まります。そして物語の中で「春雨物語」が突然始まるのです。
むかしむかし、偉いお坊さんが経を唱えながら生き埋めとなる即身仏となりました。時が経ち、ある男がもうミイラとなったその坊さんを掘り出し、あがめたり、ありがたがったりしているうちにミイラは復活し、人間に戻るのです。しかし、人間に戻ったミイラはもう尊い坊さんではありませんでした。ミイラが覚えていたのは押さえ込んでいた性欲でした。
 主人公は病床にある恩師の言葉を聞きながらこの「春雨物語」を代筆してゆき、人間の恐ろしいまでに強い願望や欲を自分にも恩師にも戦死した夫にも重ねて実感していくのです。

 僕が小学校2年の時、入院中のオカンが一時退院できることになり、それまで預けられていたバアチャンの家からオカンと2人で暮らすアパートに戻りました。
 いつ病院に戻るかわからないオカンと暮らしていたある日、別に暮らすネーチャンが初めて家へ泊まりに来ることになりました。その日はオカンとネーチャンと外で晩飯を食べ、帰りに銭湯へ寄って行きました。
 3人で女風呂に入りました。僕は当時、1人で男風呂に入ると体を洗わずに済ましている、ということがオカンにバレていたので、たいがいオカンに女風呂に連れていかれ、体を洗ってもらっていました。その時もオカンに体を洗ってもらっており、ネーチャンはまだ湯船につかっていました。
「ショウヘイ、お母さんは滅多にお姉ちゃんと一緒におられへんから、今日はお母さんとお姉ちゃんに時間くれへんかな」とオカンは僕に言いました。今晩は僕だけバアチャンちに泊まることになりました。
 風呂屋を出て、バアチャンちの近くまで三人で歩きました。オカンばかりがしゃべり、僕もネーチャンも無口でした。別れ際、ネーチャンに聞こえないように「男やねんから辛抱しなさい」と言ってネーチャンとうちのアパートの方へと歩いて行きました。
 僕は全然わかっていませんでした。とにかく嫉妬していました。僕だけのけ者にしたオカンと、オカンに全然なつかずに心配させるネーチャンに腹を立てていました。しかし僕にはそう思っていることを表に出さない習性が身についていました。
 バアチャンちへと向かう道すがら、先程風呂に入ったばかりにもかかわらず僕はミイラになってゆきました。欲求を押さえつけながら乾いていった「春雨物語」の坊さんのミイラでした。
 坊さんのミイラは復活し、押さえつけていた欲求のみが残っていました。周囲の者は坊さんのミイラを俗物とみなし、恐れました。自分達もミイラと同じ欲求を持っているから恐れたのでしょう。ミイラと同じ欲求と乾きを皆どこかで知っていたのです。

 その夜、僕は久しぶりにバアチャンと一緒に寝ました。
 そして寝ぼけました。夢は僕の隠していた欲求の復活でした。
 夢遊して僕は、まず乾きを潤そうとしました。後に泣きながら、バアチャンはこう語りました。
「夜中台所の方でなんか音するから目えさめて、オマエ横で寝てたのにおらんから、何しよんねん思って台所見たら、冷蔵庫開けてチンチン出してションベンしててん。バアチャン急いでチンチンつまんだら手にションベンかけやがってオマエ、冷蔵庫拭かなあかんし……」
 小便で潤い、復活した僕はなんとか寝床に再びついたそうです。しかし僕は、なにしろ復活したのです。今度は押さえつけていた欲求のみを実行したのです。
 明け方、僕は登校しました。日曜でした。学校へ行けば、オカンと僕が暮らすいつもの家が外にある、と実感できたのです。
「玄関を閉める音してな、まさかと思って横見たら、またや、オマエ布団におらんねん。家ん中おらんし外、見に行ったら前の商店街、ちゃんと着替えてランドセルしょって歩いとんねん……」
 僕の目が覚めたのは豆腐屋の前でした。なんか豆腐屋働いてんな、と思ったところで覚めました。薄暗い商店街でした。
「バアチャン急いで走ってオマエにアホかなにしてんねん、言うても、行く行く言うて、どんどん行きよんねん」
 人間の欲求とは想像を超えたところで実行されているのかもしれません。僕は夢を知らないうちに実行していました。ああ怖い。

「やめろや、邪魔すんなや、なんでやねん、オレは学校行くんじゃボケ」。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。