第20回:フーテンの寅

2010年09月27日

 1970年公開の森崎東監督の『男はつらいよ フーテンの寅』という映画があります。
 数々の「男はつらいよ」シリーズの中で、寅さんはいつも恋をし、失恋をし、旅をしています。失礼ですがどの作品も同じような展開です。しかし素晴らしいのは、どの作品を見ても渥美清さんは格好良く、妹サクラのような彼女が欲しく、人情に感動し、寅に笑い、寅を応援してしまうのです。
 中でも僕はやはり第3作目の『男はつらいよ フーテンの寅』が大好きです。それはタイトルの通り、寅がフーテンである、ということが切々と伝わる映画だからなのです。

 ポーは12年間コンビニでバイトしています。
 僕とポーは高校の同級生でした。全然タイプの違う二人でしたが、映画が好き、という一点で僕らは仲良くなり、お互い上京した今も頻繁に会う中です。
 ポーは上京する時、「オレ映画監督なりたいねん」と言っていました。上京して2、3年目くらいの時は「オレ、何か映画関係の仕事したいねん」と言っていました。そして1年前には「何かしたいねん」と言うようになりました。ポーは上京して9年間、「したい」と言い続けました。しかし実際「した」のはコンビニで週6日働くことでした。
「しろや」と言ったこともありました。でもポーは、「でもあんまり肌に負担かからん暮らしがええねん」と言って、コンビニへ通い続けました。
 ポーはデリケートな肌質でした。発汗に気をつかい、出かける前には1時間かけて、シャワーを浴び、クリームを塗りました。酒を飲むときも夜更かしに気をつかい、早々に帰宅してゆきました。しかし僕はずっと不思議でした。ポーは菓子や揚物を好んで食べ、食生活は荒れても気にすることなく、そしてなによりコンビニのバイトは深夜でした。
 僕はポーと話していると時々腹が立ちました。僕の目にポーはとてもわがままにうつりました。僕自身もそういう自分のわがままな行動によく悩むので、余計に自分の鏡を見ているようで腹が立ったのです。

 新宿の喫茶店、去年の冬の初めだったでしょうか。僕がポーが映画の興行収入をマメにチェックしているというだけでムカッとしだした頃でした。
 店に着くと、ガンダムのBB戦士のような体型にオシャレなジャケットをはおり、髪を無造作にセットし、ZEEBRAのようなヒゲをたたえたポーが待っていました。ムカッとしました。大阪にいた頃のポーは池中玄太そっくりでした。人が年齢と共に服装が変わっていくのは当たり前のことです。腹を立てるのはお門違いです。でもポーが玄太のような服を捨て、メンズファッション誌をチェックしはじめた頃と、「したい」に迷いが見えはじめた頃とが、ちょうど重なることを僕は知っていたのです。
 その日、ポーはなんだかいつもと様子が違いました。いつもは、浮かない「どないしょ」丸出しの表情が、とてもスッキリと晴れやかな表情だったのです。挨拶も世間話も一通り済んだ時、ポーはスッと一枚の紙切れを差し出してよこしました。「彼女できてん」と満面の笑みを必死に隠したポーの微笑が目の前にありました。ポーの生まれて初めての彼女でした。僕は心から喜びました。この男が「したいしたい」と言い続けてきたものは、“彼女がいる生活”だったんだとすら、ポーの笑みを見ていると思えました。
 ポーが差し出したのは彼女とその友人が写ったプリクラでした。
「どっち? 右? 左?」
「右」
「アァ、かわいいなあ。若いな。なんぼ?」
「18。ちょーわがままだよ~。毎日ブログ見てってうるさいんだよ~」
「ブログ?」
「ウン。私が何してるかブログ見てって」
「電話じゃあかんの?」
「電話は嫌がる」
「……ヘェ。……ん?」
「何?」
「いや、プリクラ、これ右が彼女やんな?」
「ウン」
「“シンジ”って書いてんで。ポー、“ユウスケ”やろ? ほら“シンジ”“LOVE”って」
「ああ、左の娘が勝手に書いたんだってさ」
「エッ、でも左は“キイチ”って。“シンジ”“キイチ”“LOVE”やで」
 その後ポーは、彼女は決して“シンジLOVE”ではない、彼女の方からプリクラを渡してきた、ブログ見てよ、いい娘なのがわかるから、と訴えました。そして僕らは夜がふける前に別れました。
 会ってから1週間ほどが経ち、僕はポーの彼女のブログを見ました。
≪今日は7時くらいに帰ってきてハンバーグ作って食べたよ❤≫
≪コメント:ユースケ
 エエなあ、ハンバーグ。オレは今日一日中仕事。映像の仕事ってホント目がマジやばい(>_<)疲れた!!≫
 彼女のブログの写真にはホカホカのハンバーグが写っており、端のほうにもう1皿、見きれて写っていました。僕はポーに電話しました。
「見たで。今日書いてるやん。仲ええなあ」と言うと、ポーは「別れてん」と言いました。喫茶店で会った数日後にフラれたそうです。ブログは見てね、と言われたそうです。

 僕はポーに寅になれ、と言いたい。
 ポーよ、お前も旅に出ろ。つらい時は逃げてしまうのが寅さんだ。そしてポーよ、人がつらい思いをしていたら放っとけないのが寅さんだ。肌への負担を心配する前に人を助ける、それが男じゃないか。渡世を生きると人に言い、体のいい無職と人に言われ、それでも見得を切るのが粋じゃないか。見栄は張らずに、無くても切るのだ、ポーよ! 映像関係者という見栄は捨て、日本一のコンビニ店員となぜ言い張らん、ポーよ! 僕はまだフラれたことがないから旅立てないが、ポー、君は今、寅になるチャンスだ!

 気づけば1人、旅の空、ブログも見れない船の上、わたくし、生まれも育ちも西成岸里、山本第一病院で産湯をつかい、姓はタナカ、名はユウスケ、人呼んで、フーテンのポーと発します……

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。