第21回:映画 ゲゲゲの女房と僕

2010年11月02日

 とあるマンションの屋上が僕たちの溜まり場でした。
 中学生でした。暇で仕方がなかったので、住民の洗濯干し場として開放されているそこにとりあえず溜まることが習慣となっていました。
 友達の青っちとオサム、僕はその屋上で好き勝手に遊んでいました。別に特別楽しいわけではなく、ただ暇に耐えられないというだけで過ごしていたのですが、今思えば生々しい時間だったように感じます。今、僕は暇に全然耐えられます。きっとあの頃の時間が生々しかったのは、心と体が一致して動いていたからなのだと思います。暇だから遊ぶ、欲しいから得る、金がないので盗む、というふうに思いが行動に繋がって暮らしていたのです。
 屋上には貯水タンクがあり、タンクの下に頭ひとつ分くらいの隙間がありました。僕たちはそこに盗んだ物を貯め込んでいました。ベルトや服や靴、ラジカセ、どれも金はないけど欲しいものでした。しかし盗んだはいいけど、そんな物を家に持ち帰るわけにはいきません。お金が自分にも家にも無いのですぐに盗品だとバレてしまいます。
 タンクの下はいいタンスでした。タンスに私物を詰めれば詰めるほど、僕たちは図に乗ってゆきました。たまたま見つけた暇潰しの溜まり場を、自分たちで築き上げた城の頂のような気持ちでのさばるようになりました。
 昼間、物干し竿にかかった女性の下着を借り、数分後に返し、持ち主はどんな方か見てみようと待ち構え、50は過ぎているだろうと確認し、腹がムカムカし、同級生の女の子を呼び出し、遊び、少しいじめ、それでもまだ少しムカつきがあり、夜中、真下の幼稚園に物干し竿を放り落としました。
 心と体が一致していました。不満にもちっとも耐えられませんでした。マンションの屋上は自分たちの城であると信じて疑わず、自分たちが住民ではない単なる迷惑な中学生たちであるということを忘れていられました。
 屋上はある日突然、扉に錠がかけられ閉鎖されました。蹴っても怒鳴っても扉は開きませんでした。「オレ、ベルト今日いるのに」とオサムが言いました。
 僕らは再び暇になりました。
 マンションを出て、なんとなく自分達の家の方へ歩いていたとき、「暇やな」とオサムが言いました。つられたように「暇やで」「暇や」と口々に言い出していたら、ちょうど長屋の前を通りかかりました。僕達はいつも前を通っていたのでその長屋のことをよく知っていました。玄関は公道に面しており、玄関以外は塀に囲まれていて、ドロボー対策のためか塀にかかるところまでトタンで上から覆われて庭へは入れない造りになっていました。
「ビンボーのくせにビビリやがって」
「誰が入るか」
「こんなウチ盗みに入るって、そうとうやでドロボー。共食いやん」
などと口々に長屋をののしりました。
「見て、でもここ塀登ってトタンの上歩いていったら2階の窓からは入れるわ、アホや」
「ホンマや」
「ホンマや」 

 2010年11月20日に公開する鈴木卓爾監督の『ゲゲゲの女房』という映画があります。漫画家水木しげるさんの妻である武良布枝さんが原作者であり、若い水木夫妻の物語です。
 映画の中には沢山の妖怪が登場します。僕は妖怪を見たことがありませんが、本当にこうなんだろうな、と思う妖怪の姿です。空気ほど当たり前に、いたる所に存在し、人に意識されることもなく妖怪たちは普通に暮らしています。人と妖怪のその距離感が、僕には何か思い当たるものがありました。年齢を重ねると自分を客観的に見てしまい、心とは裏腹の行動をしてしまうことがあるように思います。体からポカンと心が離れてしまい、外から見た自分を意識してしまうことが自分にも他人にも多々見られます。その体と心の距離感が『ゲゲゲの女房』に描かれる人と妖怪の距離感ととても似ていると思いました。
 自分を客観視している瞬間、心は妖怪でした。体とは別のところで落ち着いて自分を眺め、「アホや」とか「エエぞー」などと傍から人をなんとなく学ぶのです。妖怪を描く、というのは心を描く、と同じことなのだとこの映画を観て思いました。 

 長屋の2階の窓からオサム、青っち、僕の順にまたトタンを渡ってさっさと帰ろう、という時でした。
「こうゆう時は堂々とした方がかえってええねんで」と長屋で物色した盗品を隠しもせず僕達は窓から身を乗り出しました。先頭だったオサムが塀に手をかけようかという時、赤い光が回りながらゆっくり近づいてきているのが見えました。僕らは急いで逃げようとしました。オサムと青っちが塀の上から飛び降り、一番後ろの僕もあせってそのあとに続こうとしました。しかし、あせりが仇となり、もろくなった部分のトタンを踏んだのです。足は見事にトタンを突き抜け穴に挟まりました。
 その時です。妖怪が「アホやな。共食いや」と言いました。
 パトカーから降りてくる警官が良く見えました。それは僕が2階の高さにいたからではないでしょう。もう少し離れた所にいた妖怪が「来たで」と眺めていたのだと思います。
妖怪のように不確定な心を当たり前に自分の中に住まわせていた純粋な僕は、こうしていなくなりました。 

 『ゲゲゲの女房』の見えない不確定な存在を意識し、それを信じられる夫婦の生き生きとした生活が、僕にはとても説得力のあるものでした。不確定な妖怪と共に暮らすことは信念に従って生活することと同じなのだなと思いました。生活の知恵を与えてもらいました。
 劇中で、僕は「川男」という妖怪にならせていただきました。おかげで妖怪を身近に感じることが出来、少し生き生きとした人になってきました。と、傍から妖怪が言っていました。

 

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。