第22回:日本のコロンボ

2010年12月22日

『刑事コロンボ』という1968年から1978年放送のテレビドラマがあります。ピーター・フォーク演じる刑事コロンボが毎回殺人事件を解決してゆく物語です。
『コロンボ』には毎回豪華スターが演じる犯人が登場し、さまざまな理由で罪を犯します。僕は自分が悪い事を沢山してきたせいか、最後にはコロンボに捕まるとわかっていながら犯人の完全犯罪を願ってしまいます。『コロンボ』の犯人は皆地位や名誉のある一見成功者と呼ばれるような人ばかりで、それゆえ上昇志向や保身で犯罪に手を染めるのですが、だからいつも最初は犯人の貪欲さに共感し応援しているのですが、しかしそこへコロンボの登場です。
まともな職に就いているとは思えない小汚さ。汚い髪型をさらに汚く掻き乱し、じりじりと金持ちを追い詰めて逮捕するとき、僕の心はもうコロンボのものです。

パチンコ屋「ジャンボ」。通天閣のすぐ横にあるビルの1階、ジャラジャラ玉の流れる音とマイクパフォーマンスが開店中は延々と鳴り響き、店内には黄色い煙が充満している。土地柄が悪いせいか、客は目と服がにごる日陰者のような者ばかりである。同じビルの2階に住み込みで働く従業員達もまた客同様のどこかから追い出されてしまったような雰囲気を持つ50過ぎの中年男性ばかりだ。マイクパフォーマンスに精を出すとき以外は店のどこかでタバコを吸って立ち尽くし、終業するとパチンコ屋を出てパチンコを打ちによそのパチンコ屋へと向かう。
この従業員の一人である犯人は、ある日の閉店後、よそのパチンコ屋へは向かわず「ジャンボ」に留まり、客がこっそり台の影で宿をとっていないか確認し、誰もいないのを確かめてからこっそり持ち出したキーでレジを開き、そして犯行に及んだ。

僕は20歳頃に「ジャンボ」で3ヵ月間だけアルバイトをしました。
給料の良さにひかれて始めたものの、僕は早々に「できれば辞めたい」という気持ちになっていました。
「ジャンボ」には「朝食を従業員全員揃って食べる」という変な決まりがありました。住み込みで働く中年男性達と一緒に、通いの僕も8時半に来て朝食を食べなければならないという面倒な決まりでした。しかし不思議なもので、毎日のように飯をみんなで食べていると、次第にオッサン達に愛着を持ちはじめるようになりました。
スズキさんは朝食の席で威嚇していました。みんな飯を食べているだけなのですが、革ジャンに白いシャツをジーパンにたくし込んだスズキさんは無駄に警戒心が露わでした。食べている人に吹きかけるようにタバコの煙を吐き出して斜に構える姿は、態度とは裏腹にどこかかまって欲しそうに見えるうっとおしさもありました。
面倒くさそうな人やなあと思いながらも、僕はある日、スズキさんに興味にまかせて話しかけてみました。スズキさんの威嚇はわりとすぐにとけました。吹きかけられるタバコの煙も「くさいっすよ」と言うとやめてくれました。
あくる日の朝食では、僕が映画を好きだという事を知るとスズキさんは、『仁義なき戦い』シリーズの登場人物全員のモノマネを見せてくれました。そのモノマネは見事で、広島死闘編の菅原文太に会いに来た時の金子信雄、などと人物とシーンを事細かに演じ分けられるのです。モノマネの達者ぶりに、スズキさんを敬遠していた他のオッサン達も喝采をおくりました。スズキさんは一躍人気者となりました。皆スズキさんのうっとおしさもツッ込めば面白いとわかり、その日はみんなでツッ込みました。
そして次の日、スズキさんはもう嫌われていました。イジられてツッ込まれているうちに調子に乗ったスズキさんは段々態度が偉そうになり、面倒臭がられはじめ、そのみんなの態度を敏感に感じ取り、今度はせっかくイジられても「おちょくっとんのか」と怒り散らしはじめたのです。皆はすっかり元の敬遠する状態に戻っていました。
僕はずっとスズキさんをツッ込んだりしてもなぜか怒られませんでした。そのおかげでスズキさんと少し仲良くなりました。
スズキさんは下ネタが異常に好きで気持ち悪いくらい下ネタを会話のはしばしに入れ込んできました。下ネタと同じくらい女の人も好きでした。女性が通る度にセクハラぎりぎりのなめるような視線を送っていました。でもインポテンツでした。
それなのにスズキさんは自分の男性的魅力に過剰な自信を持っていました。ナルシストというわけでなく、本当に純粋に信じているらしく、通った女性にセクハラの目線を送った後「喜んどんなあ」と言う程でした。
しかしスズキさんの髪は両サイドしか生えていませんでした。小さい女の子が好きだと勘違いされそうな顔でした。うっすらとおわかりかもしれませんが、スズキさんは男にはうっとおしがられ、女には生理的に嫌われるタイプでした。
でも僕は、あの感服するほどの見事に演じ分けた『仁義なき戦い』を思うと情熱を感じ、少しすごいなと思っていました。
ある日、僕は支配人に呼び出されました。
「宇野君、店終わってから昨日スズキと一緒だったか?」と聞かれました。僕が違うと答えると、「スズキ何してたか知ってるか? 知ってても言えないんなら、宇野君、店辞めなくちゃな」と言われ、知らないと答えました。
店の金を誰かが何回か抜いているという噂は僕達従業員の間でもすでに広まっていました。僕の前にほとんどの従業員がすでに支配人に呼ばれていました。どうやらスズキさんが疑われているようでした。
そんな不穏な空気が「ジャンボ」に流れる中、ガジャさんという従業員のリーダー格のような人が飲み会を開きました。いつもはみんな仕事が終わったら各々パチンコ屋へ行くので珍しいことでした。スズキさんも誘われました。面倒見のいいガジャさんは、従業員の間で気まずい雰囲気が流れているので和まそうとしているようでした。飲み会ではガジャさんの知り合いの女性など従業員でない人達も来ていました。
そしてスズキさんはその女性の一人の耳元で囁き続けました。
「出よか……」「はよ舐めて欲しいやろ……」
囁きは僕やガジャさん、いや、おそらくそこにいた全員に聞こえていました。「たまらんねやろ……」などとスズキさんが囁いているうちに、女性陣の表情は殺気に満ち、男性ですら気分を害し、一人二人と席を立ち、飲み会は早々に幕を閉じました。
スズキさんと僕が最後に残り、スズキさんが「キャバクラおごったるわ」と僕に言い、居酒屋を出ました。僕もすごく帰りたかったのですが、スズキさんの白いタートルネックに白いロングトレンチコートにロングマフラーとサングラスといういでたちが妙に夜風に切なく、ついキャバクラへ向かう電車に一緒に乗ってしまったのです。
電車は混んではいないけど席は空いておらず、僕達は立っていました。
スズキさんはずっと卑猥な下ネタを話し、車内に響き渡っていました。恥ずかしいので小さい声で、と頼んでも酒のせいかキャバクラへ向かっているせいか、スズキさんのテンションと声は上がる一方でした。
キャバクラまであと一駅となり、やっと降りられると僕が安心したとき、スズキさんはスッと近くに立っていた女性のすぐ後ろに立ちました。人差し指を自分の股間の前で立てて、「どうや」と言わんばかりの視線を女性に送りだしたのです。僕はもうツッ込めませんでした。
そして働き始めてから3ヶ月が経ち、支配人が「防犯カメラに映っていたので盗んでいた奴が誰だかわかったが、自首するまでこちらからは何もしません」と言ってあからさまにガジャさんをちらりと見ました。その少し後に僕は「ジャンボ」を辞めました。
スズキさんとはその後も電話のやりとりがありました。いつ話しても卑猥な事を嬉しそうに会話に挟んできました。
辞めてから2年ほど経った頃でしょうか、電話でスズキさんは「来週から博多の拘置所に入んねん」と下ネタなしで言いました。僕は飲み会の日の電車を思い出しながら、とうとう捕まったか、と思いました。しかしスズキさんは猥褻で捕まったのではありませんでした。スズキさんは「ジャンボ」を辞め、知り合いの会社を手伝うようになったそうです。その会社は金持ちに高額商品を売る会社だったのだそうですが、スズキさんは詐欺罪で捕まりました。

そしてスズキは捕まった。
博多の拘置所でスズキは、ここを出たら改名しよう、と思った。以前から自分には「スズキ」という地味な苗字は合わないからそのうち改名しようと思っていたのである。「桜井」がいい。スズキは「桜井」である自分が数多の女を可愛がっているところを想像してニヤニヤ笑った。誰もいないので誰もスズキに引かなかった。
少し前向きな気分になったスズキはしばらくぶりでモノマネの練習をすることにした。
「どうしたんならあカッちゃんよ……」
あ、そうだ、文太にしよう、と自分の名前を「桜井文太」に決めた。
「続きまして、千葉真一……いや、やっぱり小池朝雄。……いや、ちょっと趣向を変えまして、コロンボの吹き替えをやってる小池朝雄。ウチのかみさんがね、私に言うんですよ、コッチは欲しいけどコッチはいらないって……」
と、立てた人差し指を股間の前で振ってから次にその指で髪を掻こうとするがそこに髪はなかった。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。